斧とすべき石片の一部分に當《あ》て、此棒の他端《たたん》をば、片手の掌《てのひら》に握《にぎ》り込むを得る程の石にて打ち、恰も桶屋《おけや》が桶の籠を打ち込む時の如き有樣《ありさま》に、手を動《うご》かし、次第次第《しだい/″\》に全形を作り上げしならん。此所《ここ》に列擧《れつきよ》したる製造用の道具《どうぐ》は皆發見物中に在り。石槍、石鏃、石錐、石匕の如く細工《さいく》の精巧なるものは打製《だせい》石斧よりは更に注意《ちうい》して作り上げしならん。稍《や》々大なる石片《せきへん》を採《と》り、打ち壞き小破片とし、其中《そのなか》より目的に適《かな》ひたるものを撰《えら》み出《だ》す迄は右に記せし所に同樣《どうやう》なるべきも、夫より後《のち》は或は左手《さしゆ》に獸皮の小片を持ち皮越《かはこ》しに石片《せきへん》を撮《つま》み、或は臺《だい》の上に石を横たへて左手の指にて之《これ》を押《おさ》へ右手には、前述の骨角《こつかく》の如き堅き物にて作れる棒を持ち、此棒《このばう》の尖端を石片の周縁《いんえん》に當て少し宛《づつ》壓《お》し缺きしならん。時としては棒《ぼう》二|本《ほん》を以て毛拔き樣の道具《だうぐ》を作り、之を用ゐて石片の周縁を撮《つま》み缺《か》きし事も有りしならん
既に述べしが如く、石器製造《せききせいざう》の順序は未開人民實際の所爲《しよゐ》と、遺跡に存《ぞん》する原料、破片、作り掛け、作り損じ、製造用具《せいざうようぐ》と思はる物品等の比較研究とに由《よ》つて窺ひ知るを得るなり
●磨製類
總説[#「總説」に白丸傍点] 石片に鋭利《えいり》なる刄を設くるに二|法《はふ》有り。一は打ち缺《か》き或は壓し缺く法《はふ》にして、斯くして作《つく》りたる石噐《せきき》の事《こと》は前項に記したり。他の一|法《はふ》は研ぎ磨く法《はふ》なり。石の磨製|利噐《りき》には磨製石鏃と呼ばる物も有り、石庖丁《いしはうてう》の名を得たる物《もの》も有れど、是等は寧《むし》ろ稀なる品なれば説明《せつめい》を止め、是より磨製石斧の事《こと》のみに付て述ぶる所有るべし。
磨製石斧[#「磨製石斧」に白丸傍点] 磨製石斧とは細長《ほそなが》くして其端《そのはし》に刄《は》を付けたる石器の稱へなり。大小不定《だいせうふてい》なれど長さ五六寸|計《ばか》りを常《つね》とす。刄は殆と悉皆一端のみに在《あ》りと云つて可なり。理科大學人類學教室《りくわだいがくじんるゐがくけうしつ》には磨製石斧三百|個《こ》計り有れど、兩端《りやうたん》に刄有るものは唯《ただ》一|個《こ》のみ。コロボックルは磨製石斧を何《なん》の目的《もくてき》に用ゐしや。固《もと》より確言する能はざれど、現存《げんぞん》石器時代人民《せききじだいじんみん》の所爲を以て推す時は、是等は石器の用は食料《しよくれう》の肉を切り、木質《もくしつ》を削り、人獸を傷《きづつ》くるに在りしと思はる。極《きは》めて大なる物及び極めて小《せう》なる物《もの》に至つては實用有りしとは認《みと》め難し或は標章《へうしやう》玩具《ぐわんぐ》の類なりしならんか。磨製石斧は手《て》にて直に握《にぎ》られし事も有るべけれど斧の如くに柄を添へて用《もち》ゐられし事も在りしと見ゆ。武藏國大里郡《むさしのくにおほさとごほり》冑山村の土中よりは柄《ゑ》の着《つ》きし儘なる磨製石斧|出《い》でし事有り。柄は木質にて朽《く》ちて居りし事故、如何《いか》なる方法にて石斧《いしおの》を括《くく》り付けしか詳ならされど、其状《そのじやう》現今《げんこん》行《おこな》はるるタガネと大差《たいさ》無かりしならん。
製法[#「製法」に白丸傍点] 磨製石斧の製法《せいはふ》は現存石器時代人民の爲《な》す所に由《よ》つても知《し》るを得れと、遺跡《ゐせき》に於て獲《う》る所の截《き》り掛《か》けの凹《くぼ》み有る石片截り目を存する石斧《いしおの》、刄《は》の鈍《にぶ》きもの刄の鋭きもの、截り取りたる石屑《いしくづ》及び砥石《といし》に用ゐしと思《おも》はるる石器等を比較《ひかく》すれば、正しくコロボックルが磨製石斧を作《つく》りたる順序《じゆんじよ》を知るを得るなり。石を摩《す》り截るには木の小枝抔《せうしなど》を採り、其の一端へ堅《かた》き砂《すな》を付けて之を握り墨を摺《す》る時の如くに手を前後《ぜんご》に動《うご》かし、一面より摩り初めて凹みの深《ふか》さ石の厚さの半《なかば》に達したる頃《ころ》、石《いし》を裏返《うらかへ》しにして再び他面に溝《みぞ》を作り、兩面よりの截《き》り目《め》殆んと相《あひ》連《つら》なるに及んで、石の一|部分《ぶぶん》を強《つよ》く打ち之《これ》を他の部分より取り離したるならん、石《いし》
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