ず。コロボツクルの遺物中《ゐぶつちう》には石製の錐有り。土器の中には此|石錐《いしきり》にて揉《も》み開《あ》けたるに相違無き圓錐形の孔《あな》有る物有り。既《すで》に錐の用を知る、焉ぞ錐揉《きりも》みの如き運動《うんどう》の熱《ねつ》を用ゆる事を知《し》らざらん。余はコロボツクルは一片の木切れに細《ほそ》き棒《ぼう》の先を押《お》し當て、恰《あたか》も石錐を以て土器に孔《あな》を穿《うが》つが如き運動を與《あた》へ、引き續《つづ》きたる摩擦の結果《けつくわ》として熱を得煙を得、終に火を得たるならんと考ふ。木と木の摩擦は木質より細粉《さいふん》を生じ、此細粉は熱《ねつ》の爲に焦《こ》げてホクチの用を爲す。是|實驗《じつけん》に因りて知るを得べし。現《げん》に斯かる法の行はるる所にては火の付きたるホクチ樣のものを枯《か》れ草《くさ》に裹《つつ》み空中《くうちう》に於て激《はげ》しく振《ふ》り動《うご》かすなり。コロボツクルも此仕方《このしかた》を以て燃《も》え草に火焔《くわえん》を移《うつ》し、此火焔をば再び薪《たきぎ》に轉《てん》ぜしならん。
貝塚に於て發見《はつけん》さるる獸骨貝殼の中には往々《わう/\》黒焦《くろこ》げに焦げたるもの有り。是等は恐《おそ》らく獸肉《ぢうにく》なり貝肉なり燒きて食はれたる殘餘ならん。物に由りて或は串《くし》に差《さ》されて燒かれしも有るべく或は草木《くさき》の葉に包《つつ》まれて熱灰に埋《うづ》められしも有るべし。
鉢形鍋形の土噐に外面の燻《くすぶ》りたる物有る事は前にも云ひしが、貝塚|發見《はつけん》の哺乳動物の長骨中《ちやうこつちう》には中間より二つに折《お》り壞《くだ》きたる物少からず[#「少からず」は底本では「少からす」]。是等《これら》は肉の大部分を取《と》りたる後、尚ほ殘《のこ》りて付着《ふちやく》し居る部分をば骨と共に前述の土器に入れて煮たる事を示すものの如し。鹿猪等の骨を見るに筋肉《きんにく》の固着《こちやく》し居りし局部には鋭《するど》き刄物にて※[#「やまいだれ+比」、83−下−1]《きづ》を付けし痕《あと》有り。此は石にて作《つく》れる刄物《はもの》を用ゐて肉を切り離《はな》したる爲に生《しやう》ぜしものたる事疑ふ可からず。
魚の中にて鱗の粗きものは調理《てうり》する前に之を取り除《のぞ》きたりと見えて、貝塚中に於て魚鱗《ぎよりん》の散布《さんふ》せるを認《みと》むる事屡※[#二の字点、1−2−22]有り。コロボツクルは如何にして魚鱗《ぎよりん》を魚体《ぎよたい》より取り離《はな》したるか。今詳に之を知るに由《よし》なしと雖も、蛤貝の殼の内に魚鱗の充實《じうじつ》したるを發見《はつけん》する事有れば貝殼を以て魚鱗を掻《か》き除《のぞ》く事の有りしは慥《たしか》なるべし。
卷き貝の中には上部の破《やぶ》れたるもの有り。是は肉《にく》を突《つ》き出したる跡《あと》と思はる。
余は人類をも食物中に加《くわ》へしが此事に付《つ》き左に少《すこ》しく述ぶる所有らん。
食物の好《す》き嫌《きら》ひと云ふ事は一家族の中にさへ有る事故、異りたる國民、異りたる人種《じんしゆ》の間に於ては猶更《なほさら》甚しき懸隔《けんかく》を見るものなり。或る人民の好《この》んで食《くら》ふ物を他の人民は捨《す》てて顧《かへり》みず、或る人民の食ふ可からずとする物《もの》を他の人民は喜《よろこ》んで賞玩《せうくわん》するの類其|例《れい》决《けつ》して少からす。人肉《じんにく》を食とするか如きも我々の習慣《しふくわん》より言へは厭《いと》ふ可き事、寧恐る可き事には有れど、野蠻未開國《やばんみかいこく》の中には現《げん》に此風の行はるる所有り。彼のアウストラリヤのクヰンスランド土人の如きは實《じつ》に食人人種の好標本《こうへうほん》なり。人肉は固《もと》より常食とすべき[#「すべき」は底本では「すへき」]物には非《あら》ず。敵を殺《ころ》したる時|復讐《ふくしう》の意を以て其肉を食ふとか、親戚《しんせき》の死したる時|敬慕《けいぼ》の情《じやう》を表す爲其肉を食ふとか、幾分《いくぶん》かの制限《せいげん》は何れの塲合にも存在《そんざい》するものなり。大森貝塚の發見者《はつけんしや》たるモールス氏は此貝塚より出でたる人骨を※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]して食人の証を列擧《れつきよ》せり。一に曰く人骨は他動物《たどうぶつ》の遺骨《ゐこつ》と共に食餘の貝殼に混《こん》して散在す。二に曰く人骨の外面《ぐわいめん》殊《こと》に筋肉の付着點に刄物《はもの》の疵《きづ》有り。三に曰く人骨は他動物の遺骨《ゐこつ》と同樣に人工を以て折《を》り碎《くだ》かれたり。余は是等の事實は、モールス氏の説の如く、貝塚を遺
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