に於て魚鱗《ぎよりん》の散布《さんふ》せるを認《みと》むる事屡※[#二の字点、1−2−22]有り。コロボツクルは如何にして魚鱗《ぎよりん》を魚体《ぎよたい》より取り離《はな》したるか。今詳に之を知るに由《よし》なしと雖も、蛤貝の殼の内に魚鱗の充實《じうじつ》したるを發見《はつけん》する事有れば貝殼を以て魚鱗を掻《か》き除《のぞ》く事の有りしは慥《たしか》なるべし。
卷き貝の中には上部の破《やぶ》れたるもの有り。是は肉《にく》を突《つ》き出したる跡《あと》と思はる。
余は人類をも食物中に加《くわ》へしが此事に付《つ》き左に少《すこ》しく述ぶる所有らん。
食物の好《す》き嫌《きら》ひと云ふ事は一家族の中にさへ有る事故、異りたる國民、異りたる人種《じんしゆ》の間に於ては猶更《なほさら》甚しき懸隔《けんかく》を見るものなり。或る人民の好《この》んで食《くら》ふ物を他の人民は捨《す》てて顧《かへり》みず、或る人民の食ふ可からずとする物《もの》を他の人民は喜《よろこ》んで賞玩《せうくわん》するの類其|例《れい》决《けつ》して少からす。人肉《じんにく》を食とするか如きも我々の習慣《しふくわん》より言へは厭《いと》ふ可き事、寧恐る可き事には有れど、野蠻未開國《やばんみかいこく》の中には現《げん》に此風の行はるる所有り。彼のアウストラリヤのクヰンスランド土人の如きは實《じつ》に食人人種の好標本《こうへうほん》なり。人肉は固《もと》より常食とすべき[#「すべき」は底本では「すへき」]物には非《あら》ず。敵を殺《ころ》したる時|復讐《ふくしう》の意を以て其肉を食ふとか、親戚《しんせき》の死したる時|敬慕《けいぼ》の情《じやう》を表す爲其肉を食ふとか、幾分《いくぶん》かの制限《せいげん》は何れの塲合にも存在《そんざい》するものなり。大森貝塚の發見者《はつけんしや》たるモールス氏は此貝塚より出でたる人骨を※[#「てへん+僉」、第3水準1−84−94]して食人の証を列擧《れつきよ》せり。一に曰く人骨は他動物《たどうぶつ》の遺骨《ゐこつ》と共に食餘の貝殼に混《こん》して散在す。二に曰く人骨の外面《ぐわいめん》殊《こと》に筋肉の付着點に刄物《はもの》の疵《きづ》有り。三に曰く人骨は他動物の遺骨《ゐこつ》と同樣に人工を以て折《を》り碎《くだ》かれたり。余は是等の事實は、モールス氏の説の如く、貝塚を遺
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