筒の中が光っておりますのじゃ。更によくみると、その中に小さな娘がひとり立っておりましたのじゃ。……それがあのなよたけのかぐやじゃった。……おう、儂はどんなにか待ちこがれておったことじゃろう。なよたけの赫映姫《かぐやひめ》はとうとうこの儂に授けられたのですじゃ。
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わらべ達の声、微かに遠く………

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。

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文麻呂 お爺さん!
竹取翁 終《しま》いまでお聞き下され。儂の話を黙って終いまでお聞き下され。なよたけのかぐやがこうして生れたのですじゃ。長いこと待ちあぐんでいた儂の夢が正夢となって現れたのですじゃ。……お若い方。儂は信じておった。本当にあのなよたけが儂と一緒にいると信じておった。儂はまるで宝物を扱うように、大事に可愛がり育てましたのじゃ。そのうち、あの娘の容貌《かおかたち》の清らかに美しくなって行くこと、それはもう云うに云われぬほどで、そのために家の中は暗いところもなく、いつの日も光り輝いているようであった。儂《わし》が何かやまいで気分が悪しく、胸内が苦しいような時でも、あの子が眼の前にあらわれると、おのずとその苦しさが止むのじゃ。また、何か無性《むしょう》に腹の立つ時でも、あの子があらわれれば、やんわりと心が静まってしまうのじゃ。……なよたけのかぐやはこの儂のたったひとつの生《い》き甲斐《がい》じゃった。……そうこうするうちにあれは眼の覚めるような綺麗《きれい》な娘になって行った。世の中の男どもは、あれの美しさに惹《ひ》きつけられて、我も我もとこの儂のところに云い寄って来ては、執拗《しつこ》くあれを所望したが、誰《だれ》も彼もみな一時の浮気心であれを我物にしようとする色好みの愚《おろ》か者《もの》ばかりなのじゃ。あれの生い立ちを話して聞かせても、一人として信ずる者はおりませなんだ。儂の話を本当にせぬばかりか、終いには、皆、寄ってたかってこの儂を物狂い扱いにして、見向きもせんようになってしもうた。儂はまことの心で儂の話を聞き入れてくれる人はもうこの現《うつ》し世《よ》には一人もおらぬものと諦めてしもうた。……儂が己《おの》が力で己が現《うつ》そ身《み》を捨てて行ったのじゃ。……お分りかな? なよたけを夢と云うなれば、この儂も夢なのじゃ。今ではこうしてこの竹の里で、儂自身が夢になってしもうたような気がする……現《おつつ》の影はみな遠い昔の夢のように儂の心から薄れて行ったのじゃ。……物皆が儂の心から次第に喪《うしな》われて行く。……儂があれほど愛しておったなよたけのかぐやまでが、儂の心からだんだんと離れて行くのじゃ。……儂はあれを無明《むみょう》の中に喪うてしまいたくはない。お若い方、現そ身の人なれば、儂に代ってかぐやを信じて下され。後の世々までも儂の夢を伝えて下され。あれはもはや儂には遠く過ぎ去った前世の夢なのじゃ。儂に代ってあの美しい夢を夢みて下され。……あれは儂等には分らぬ天の声まで耳ざとく聴き分ける娘じゃ。あれが雨が降る、と云えば立ちどころに雨が降って来る。風が吹くと云えば、立ちどころに風が吹いて来る。あれは天女なのじゃ。月の都からこの世に送られてきた天女なのじゃ。なよたけを愛するとなればこの儂の話を信じて下さらねばなりませぬぞ。あれを人の世の女として愛してはなりませぬぞ。あれはいつの日にか月の都へ帰らねばなりませぬのじゃ。人の世のなべてのものに望みを失った時、天人達はあれを月の都に呼び戻すのじゃ。……それは、もち月のかがやく美しい夜じゃ。天人達は、空を飛ぶ月の車に乗ってこの現し世に舞い下りて来るのじゃ。天の羽衣《はごろも》を持ってこの現し世に舞い下りて来るのじゃ。
文麻呂 お爺さん!

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 合唱

げにうつし世は 夢ならむ
げにうつし世は 夢ならむ
何事もみな 思い出の
伝えは遠き 竹の里の
いつの名残りをとどめてや
いつの名残りをとどめてや
これやこの 遥けくも古りにし伝え
跡や残るらむ 跡や残るらむ
聞えは朽ちぬ世語りの
なよ竹山に翁《おきな》ありけり
なよ竹取の翁ありけり
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竹取翁 (合唱にかぶせて)おう、今日もまた夕日が西の方《かた》に沈んで行く。……(静かに西の方を仰ぎ)御覧《ごらん》なされ。今日もまた夕日が西の方に沈んで行くのじゃ。……いつものように暗い夜がやって来る。……儂はいつかしらず深い眠りの中にいる。……そして、いつかしらず儂はまたさやかな陽の光のもとに目覚めているのじゃ。……この夢とも現《おつつ》とも知れぬ限りない時の
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