五人も六人も行方《ゆくえ》わからずになって、それっきり一向帰って来ないと云うことを聞いています。あれは大方、それの神よばいなのでしょう。
男9 うむ。……今年も、物忌を怠って、誰ぞまた神隠しにかからなければよいがな。現に西の空の雲気は確かにわざわいのきざしをあらわしているのだ。
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人々ががやがやと集って来て、そこら辺に立ち呆《ほう》けて、右手奥の方を眺めている。験者達の呼ばい声、鈴の音は、次第次第に熱ばんで来る調子。

吐菩加美 ほッ 依身多女 ほッ
吐菩加美 ほッ 依身多女 ほッ
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男10[#「10」は縦中横] あの大原野の巫女の嬢子《じょうし》については、誰もつまびらかに顔さえ見たことが無いと云うのに、まあ、縁起のよくない噂話が色々とつきまとっていましたようで、何でも、その家は宇佐《うさ》の神人《じんにん》の亡び残りだったそうでございます。その嬢子の親御で何とか云う老人がまだ生きていた時分は、もう人の顔さえ見れば、愚にもつかぬ夢物語を真《まこと》しやかにふりまいていたと云うので、世間からはまるで物狂《ものぐる》い扱いにされておりました。その人の物語を終《しま》いまで聞いたものは立ちどころに神隠しにかかってしまうなどと云う噂もあって、都の人達は顔さえ見るのも恐しがっていたようでした。
男3 (男10[#「10」は縦中横]の話につり込まれて、質問する)あの、神隠しの子供達は、その後どこぞで見付かりましたのですか?
男10[#「10」は縦中横] いいえ。あのまま、一向行方わからずなんだそうです。
女1 恐しいことでございますわね、今日も、また何か縁起の悪い啓示《しるし》が空にあらわれたと云っていますから、充分に気を付けないと、いつどんなことが起るかも分りませんわ。
女3 本当にねえ、せっかくの賀茂《かも》の祭だと云うのに、お社《やしろ》にも詣《もう》でないうちから、まあまあ、気味の悪い声を聞くこと。

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吐菩加美 ほッ 依身多女 ほッ
吐菩加美 ほッ 依身多女 ほッ
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女2 何だかあの声はだんだんとこの世のものとも思われぬ調子になって行くではありませんか。……あの調子ではきっともうす
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