て、大声で右手に叫ぶ)爺!……葵祭の日にまた参るぞ!……葵祭の日に迎えを寄越すぞ!
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大伴ノ御行、土間の外に立っている二人を突き飛ばさんばかりの勢いで、倉皇《そうこう》として、左方へ逃げ去る。
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造麻呂 (右手奥からよろめくように出て来る)大納言様! 大納言様!……おや! あんた方は一体誰だい?
清原 大学寮学生、清原ノ………
文麻呂 お爺さん! 落着いて下さい! 何もそうあわてることはありません! 僕達はあなたの娘さんを助けにやって来たんです………
造麻呂 (上《うわ》の空で草履《ぞうり》をつっかけ、外に出る)おや! 大納言様がいらっしゃらぬ!……大納言様はどうなすったんです! 大納言様はどこへ行かれたのです! ああ、せっかくの娘の出世が台無しだ! (叫ぶ)大納言様! 大納言様! 大納言……
清原 (全く逆上して)あ、あっちの方です……あっちの方へ行かれました。
文麻呂 お爺さん!
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造麻呂、人の云うことなど全く耳にも入らず、大納言の後を追って、よろめくように左方へ退場。しばらくは「大納言様! 大納言様!」と呼ぶ声。
やがて、舞台は急に大風一過。不気味なほど、寂然《せきぜん》とする。
文麻呂も清原も、まるで空《うつ》けたように、呆然として、立ちつくしている。
舞台はしばらくそのまま。………
やがて、あたりには、再び次第次第に緑の木洩日《こもれび》がきらきらと輝き始める。それに従って、思い出したようにまた小鳥が遠近《おちこち》で囀《さえず》り始めた。
なよたけ、右手奥の部屋から、かすかにすすり泣きながら、静かに姿を現わす。草履をはいて、土間の外に出る。
二人の青年が立っているのに気付き、瞬間、身じろぎをするが、つと逃げ去るように小路の方へ行く。……二人に背を向けて、悲しげに泣きじゃくっている。文麻呂は初めて見るその美しい姿に恍惚《こうこつ》としてしまう。
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文麻呂 (静かに、背後からなよたけの方に近付き、優《やさ》しく慰《なぐさ》めるような声で)……なよたけ。……もうお泣きになることはありませんよ。
清原 (震《ふる》え声)なよたけ。……
なよたけ (くるっ[#「くるっ」に傍点]と振向
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