……衛門の奴はこの東路《あずまじ》の果《はて》に来てまでも、瓜を作る積りなのだそうじゃ。この東国が瓜で一杯になるまでふやしてみせますぞと、いやもう大した意気込なのだ。……面白い奴だよ。……この年になっては家内を貰《もら》っても子供の出来る見込みがないから、その代りに瓜を嫌になるほど育ててみせる積りですじゃと、そう儂《わし》に云うとった。
文麻呂 (これも明るい微笑で、丘の上から衛門の後姿を見送っている)
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間――
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綾麻呂 文麻呂。……まあ、ここへ、ひとつ、坐らんか?
文麻呂 ええ。
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二人、並んで掛台に腰を下ろす。父は何やら気まずい。
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綾麻呂 どうだ、相模《さがみ》の国は気に入ったか?
文麻呂 ええ。
綾麻呂 お父さんはな、……お前がここへやって来たことを、とても喜んでいる。
文麻呂 そうですか。
綾麻呂 お父さんだって、実を云えば、お前をたったひとり都へ残しておきたくはなかったのだ。
文麻呂 ………
綾麻呂 お前がどうして都を離れる気になったか、そんなことは儂は決して詮索《せんさく》する気持はない。……だが、いったん、この東国に来た以上はもう絶対に都の生活なぞに未練を感ずるようなことがあってはいけないよ。この東国は厳しい試煉の土地だ。……都の人間達のようなあんな惰弱《だじゃく》な気持ではとても生きては行けないのだ。
文麻呂 ………
綾麻呂 お前にも追々分って来るだろうと思うが、ここでは人間はのらりくらりと遊び暮して行くわけにはゆかない。飯を食おうと思えば、畠へ出て血の汗を流して米を作らなければならないし、烈しい雨風とも戦わねばならない。あるいは、憎むべき不逞《ふてい》の賊《やから》どもがいついかなる場合に我々に刃向って来るかも分らないのだ。
文麻呂 ………
綾麻呂 お前はこれからはこの厳しい生活に耐《た》える強い人間にならなければいけないんだぞ。
文麻呂 (黙って頷《うなず》く)
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間――
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綾麻呂 (しんみりと)儂《わし》は前からお前は本当に可哀想な奴だと思っていた。……幼いうちから、お
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