呂舞台右手、竹林の外《はず》れの所に姿をあらわす。
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文麻呂 (信じられぬかのように、言葉もなくしばらく茫然となよたけの姿を打ち眺めて立っている……)
なよたけ 文麻呂! 文麻呂! あたしよ! なよたけよ!
文麻呂 なよたけ!……お前は本当にそこにいるの?……果しもない星の夜空に身をさらして、……信じられない。……お前は僕を騙《だま》そうとするんじゃないだろうね? 近づこうとするとすぐ消えてしまうあの忌々《いまいま》しい幻影《まぼろし》ではないんだろうね?
なよたけ 本当よ! 文麻呂! 本当にあたしはここにいるの!……あたしはこうして立っている。あんたの眼の前にいるの! いつまで見てたっていいわ! あたしはいつまでも消えやしない……
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二人、しばらく互に遠くから相見る……
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文麻呂 (限りない悦《よろこ》びが溢《あふ》れて来る)ああ、夢じゃないんだ。……僕は誰の言葉も信じなかった。ただ、お前だけを信じていた。お前の声だけを信じていた。
なよたけ 文麻呂、……どうしたの? 涙なんか……
文麻呂 なよたけ、お前はそんな処《ところ》から僕の涙が見えるの?……(彼女の傍に走り寄り)なよたけ!……僕はずいぶん苦しい目に遭《あ》った。お前を探して、竹の林の中をあてどもなくさまよい歩いていたんだ。……どこまで行ってもお前の家は見えて来なかった。どっちを向いても一面の竹の林だけなんだ!……僕は夢を見ていた。不吉な夢にうなされていた。いつかしらず、夜が来て、どこからともなくお前の声が聞えて来た。僕を呼んでいるお前の声が聞えて来た。……ああ、あれから一体どこをどう歩いて来たのだろう?……僕はただ、お前の声だけを信じていた。お前の呼び声だけを信じていた。だけど、もういいんだ。何もかも。……お前は僕の前にいる! 夢じゃないんだ!……(自分の旅姿を見せる)なよたけ! 御覧《ごらん》!……僕は都を棄《す》てた。僕はもう二度と再び都へは帰らないんだ。……
なよたけ 文麻呂!……あたしも! あたしも竹の林を棄てたの! お父さんを棄てたの! わらべ達も棄てたの! 竹とあたしの間には、もう何もない。……あたしはたったひとり。……あたしにはもう
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