だ。清原にしたって、貴様にしたって、とにかく、生死を誓った俺の無二の親友なんだからなあ……(左の方へ抜足差足で逃げて行く小野ノ連に気がつき)おいッ! どこへ行くんだ!
小野 (ぎくんとして立止る)
文麻呂 どこへ行くつもりなのだ!
小野 (意を決したように、悲壮《ひそう》な顔)石ノ上! 俺は失敬する! 君を見棄《みす》てるのは忍びないが、俺は気違いと行動を共にするのはまっぴら御免だ! 君がなよたけの唄と聞いているのは、あれは山籠《やまごも》りに行く行者どもの呼ばい声だぞ! 君が小鳥の声と聞いているのはあれは鈴の音《ね》だ! 君は気が狂っているんだ! 恋のために気が狂っているんだ! 君とはもう今日限り絶交だ! 清原だってもう君とは手を切ったぞ! 都中の人達はみんな君のことを気違いだと云ってるんだ! 君なんかと交際《つきあ》ってたら、俺達はどんな眼に遭《あ》わされるか分りゃしない! とんだ「人笑え」だ! 俺達までが気違い扱いにされちまうからな! 俺達の将来まで滅茶滅茶にされちまうからな!
文麻呂 (悲痛《ひつう》な声をしぼって)小野ッ! 何を云うんだッ! 待ってくれ!……小野ッ!
小野 石ノ上! 俺は失敬する! さよなら! (逃げ去るように左方へ消える)
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行者達の呼ばい声、鈴の音が不気味に聞えている。
中央に呆然自失したごとく、文麻呂はひとり残される。
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文麻呂 (うわごとのごとき独白)……俺が「恋」をしてる?……「恋」のために俺の気が狂っている?……俺の気が狂っている?
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行者達の呼ばい声、鈴の音。それに重って男女の嘲《あざ》け笑いが聞えて来る。
続いて、「気違い、気違い」と云う私語・囁《ささや》き声が幻聴の如く、文麻呂の不穏《ふおん》な頭を乱し始める。……
文麻呂、両手を頭にやって、心の乱れを鎮《しず》めようとする。
行者達の呼ばい声・鈴の音。……
再び、男女の嘲け笑い。
文麻呂、頭を両手で抑えたまま、がっくりとひざまずく。……
やがて、呼ばい声も鈴の音も次第に遠くへ消えて行き、舞台裏から「合唱」が低く聞えて来る。
合唱
術《すべ》なくも 苦しくあれば
術なくも 苦しくあれば
よしなく物を思うかな。
白雲の たなびく里の
なよたけの ささ
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