い? 石ノ上。俺は何も今更、君の行動を阻止《そし》しようとか、妨害しようとか、そんな気持は微塵《みじん》もないんだぜ。これは親友としての俺の最後の忠告だ。いいかい? 慎重に反省して、事を運んでくれよ。千載《せんざい》に恥をさらすような真似は絶対にしてくれるなよ。うっかりすると、君の一生は滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になってしまうからな。やり損《そこな》ったら最後、君はどんな眼に遭《あ》うか分らんのだ。全く、危険|極《きわ》まる仕事なのだ。
文麻呂 あははははは。
小野 何が可笑《おか》しいのだ?
文麻呂 いや、別に可笑しいわけではないが、貴様もやはり哀れむべき凡人の仲間の一人であったか、と思ってね。御多分に洩《も》れず、貴様もあんなあな[#「あんなあな」に傍点]に操《あやつ》られている組だ……。
小野 (いよいよ不気味そうに石ノ上の眼差《まなざし》を詮索《せんさく》して)石ノ上!……どう云うことなんだね、一体、君の云うその「あんなあな」とか云うのは?
文麻呂 君はまだ分らんのか? 教えてやろう。そいつは、頼みもしないのに、俺達を唆《そその》かして、おけらの足に糸をつけ、玩具《おもちゃ》の車を引張らせる奴さ。帆立貝《ほたてがい》の中に俺達を閉じ込めて、宇宙《うちゅう》の真底を見せてくれない奴さ。……まあ、俺達の過去をふりかえってもみろ! 何と云うこせこせしたくだらぬ風俗だ! 何と云う汚らわしい些細《ささい》な熱狂に時を忘れていたことだ! 俺達はおけらの足に糸をつけて、玩具の車を引張らしていたに過ぎないのだ!……なんだ? なんでそう俺の顔をしげしげとみつめるのだ!
小野 石ノ上。……君は少し疲れているようだ。疲労のために心が乱れているようだ。……何かこう特別に工合が悪いと云うようなところはないのか? 例えば、頭が痛むとか、夜眠れないとか?
文麻呂 眠れないのではない。眠らないのだ。なよたけのことを思うと、夜なぞ安閑《あんかん》と眠っておられんからな。
小野 いや、それがいけないんだよ。……そう云う不摂生《ふせっせい》をやるから、君は正常な心の均衡《きんこう》を失ってしまうのだ。……石ノ上。それではこう云うようなことはないかい? 例えば、ふだん見たこともないようなものが見えて来るとか、聞いたこともないようなものが聞えて来るとか。
文麻呂 (自信をもって)あるね!
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