小野 俺はもちろん、何度も云ったように、この計画には局外者だ。まあ気が楽だと言えば楽だが、とにかく、俺は君の態度だけは、黙って看過《みすご》すわけにはいかないね。……親友の一人として俺は忠告してるんだぞ。そりゃ、俺達のやることが何から何まで絶対的に正しいとは云わんさ。云わんけれどもだな、……問題は自分達で何かを始めるって云うことだ。自信をもって何かを始めるって云うことだ。俺はそれが一番大切なことだと思うんだ。今のそこらの若い学生達みたいに、無気力で、自意識|過剰《かじょう》で、あんな君、逃避的《とうひてき》な態度ばかり採《と》っていたら、力ある文化の芽は新鮮な若葉をも齎《もた》らさず、来るべき新時代の雄渾《ゆうこん》な精神の輝やかしき象徴たり得ずして、ついには遊惰《ゆうだ》の長雨に腐れ果ててしまうのだ。……なあ、そうではないか?……まあ、今度は俺は局外者だから、あまりこんなことは云いたくないが、……とにかく、なんだよ、貴様のは、それは単純なる弱気だ。卑怯《ひきょう》な尻込《しりご》みだ。……俺はそう思う。
清原 ………
小野 ただ、俺は[#「俺は」に傍点]そう思うんだ。
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間――
[#ここで字下げ終わり]
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清原 (妙にしんみり[#「しんみり」に傍点]となって)……小野。僕は実は、今、自分の無分別な行動を、冷静に反省してみてるんだ。……ねえ、小野。君はこう云う「和歌《うた》」知ってるかい? 「嘆《なげ》きわび 身をば捨つとも 亡《な》き影《かげ》に 浮名《うきな》流さむ ことをこそ思え……」
小野 なんだ、紫式部《むらさきしきぶ》か?
清原 うん。僕あとても同感なんだ。なんだか、この気持、とても清いものに思うんだ。「嘆きわび 身をば捨つとも 亡き影に 浮名流さむ ことをこそ思え……」僕あ、この頃、この和歌《うた》の意味がつくづく分って来たような気がするよ。
小野 何だかやにしんみりしちゃったね? それがどうしたと云うんだい?
清原 (勢いを盛り返して)……小野。僕あ君にだけは分ってもらいたいんだ。君んとこの家は代々大学寮の重職にある文章博士《もんじょうはかせ》だ。僕の云いたいことは分ってくれると思う。……君だってやがてはお父さんの後を継いで文章博士になる身だ。君は「家名」と云うことを考えてみたこと
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