何もかも馬鹿らしくなつてしまふのであつた。すべてが冷静に、憂鬱なもとの姿に還つてしまふ。
その翌日も、その翌日も、二人のマルクスは私の家をつゞけさまに襲つた。
そして火のように熱心な態度で私を説き伏せようとしたのであつた。
鴉、犬、牛、そして二人のマルクス。
私の静寂な家を訪ねるものはこれだけであつた。
凡太郎は、いつの間にか二人のマルクスにすつかり馴れてしまひ、抱かれて笑顔をみせたり、ついにマルクスの膝の上に小便をひつかけたりした。
――我々の聖なる父、マルクスは。
彼等は賑かに聖なる父の名を呼つゞけた。
凡太郎は円い眼をして、この若い来客の、議論の口元の動くのをじつと凝視してゐた。
足を踏み鳴らし、そして又もや霰に、頭を打たれながら、二人の客は、暗い中を帰つた。
マルクス主義が、我々夫婦の実生活にどんな役割を演じようとするのか、それは我々家庭にとつて『摺鉢』や『大根おろし』よりも不用な物。愚にもつかない信仰であるのだ。
私は不意に形容の出来ない笑ひがこみあげてきた、次に滑稽な不安が頭をもたげた。
凡太郎の次の言葉。突然凡太郎が『マルクス』などゝ叫びだしたなら
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