『刃物でおどかしたつて、駄目よ嫌ひなものは、どこまでも嫌よ』
 あゝなんといふすばらしい肩揚げだらうと男は落胆をしながら、つく/″\と娘さんの肩揚げをながめしぶ/″\とふところから手を出して、てれ隠しに引つぱり出した皮製の万年筆いれを月にかざして見せた。

    (四)

 娘さんと男とは、声を揃へて黒い土の上で一度に笑つた。
『むかふに見える橋の処に行くまでに妾《わたし》が、あなたを好きになれたらね』
 娘さんは鼻で斜めに遠望される橋をゆびさした。
 夜《よ》の中の橋が遠くに見えて、橋の下のあたりにごう/″\、といふ水の流れる響きが聞えた、その橋までに七本の電信柱がつゞいて立つてゐて、そして一本おきに殆どどの電柱にも笠がなんにもなかつたり、笠があつても欠けてゐたりした電燈が、上のところにぴか/\と光つてゐた。
 笠のいたんであるのは、みな河原遊びの子供が石を投げつけたのであらう、そして明りの点つてゐる電柱のつぎ/\の電柱は、ぼんやりと照らしだされて背の高い幽霊のやうにたつてゐた。
 男はいろ/\の身振や、言葉使ひや、を殊更に注意をして歩きだした、こゝろもち男よりも足早に先にたつ
前へ 次へ
全22ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング