土の中の馬賊の歌
小熊秀雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)聞き惚《ほれ》た。
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)街|端《は》づれに
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)広々として[#「て」に「ママ」の注記]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)おい/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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私はこゝにひとつの思想を盛つた食餌を捧げるそれは悪いことかもしらないまた善いことかもしらない、たゞ私が信じてゐるだけのことである。
人々が寝静まつた真夜中にどこからともなく土の中から唄が聞えてくる、がや/″\と大勢で話あつたり合唱したりそれは静かな賑やかな土の中の世界から洩れてくる陽気で華やかな馬賊の歌であつた。
歌は調子のよい賑やかなものであるが街の人々はふしぎにこの陽気な唄を地べたに聞くと悲しくなつて了ふのであつた。
『小父さん、草の根がガチャガチャ鳴らしてゐるやうな響きがするよ』
小さな裸の児供は土から生へてゐる一本の草にそつと耳を当て地の底の唄ひ声に聞き惚《ほれ》た。
『もちつと、そちらに行つて聞いてごらんなさい。
この辺の底のやうにも思はれますが』
『いや、そつちではない、この辺でござりませう』
『おや歯と歯が触れあふやうな音がした、こんどは太い濁つた男のいちだんと高い声が聞えます』
街の人々はあつちこつちの地面に耳をあてゝその唄を聴いたしかしたゞ街の地の底で聞えるといふだけで、どのへんで唄つてゐるのかわからなかつた。
土の中の馬賊の唄、この街の人々の伝説はかうなのです。
馬に乗つた馬賊の大将が従卒もつれずたつた一人で広々として[#「て」に「ママ」の注記]野原を散歩した。
その夜はそれは美しく丸い月が出てゐた。
馬賊の大将は馬上でよい気分になつて月をながめながら、口笛をふいたり小声で歌をうたつたりしてだんだんと馬を進めてゐた。
手綱もだらりとさがつたきりになつてゐたので、この馬賊を乗せた白い馬も、のんきで風流な主人を乗せて、あちこちと自分の思つたところを、青草を喰べながら散歩することができた。
ふと馬賊が気がついてみますと自分は山塞からだいぶ離れた草つ原にきてゐた。
そして其処は切りたつた崖になつて眼下に街の赤い燈火《あ
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