ゐる。
 妻の愚鈍さに、二年程前からつく/″\愛憎を尽かしてゐるのであつたが、このミシンの巧さが、妻にとつては唯一の取柄といつたものであつた。
 ――ミシンを踏む彼女。
 その時こそ、何時よりもまして聡明な場合の彼女であつた。
 ――おい、自分の指を感心に、縫はないな。
 調子のよい響をたてゝ、ミシン台にゐる妻にかういふと、
 ――それほどに、馬鹿ぢやないわ
 とチラリと軽くふり返つた。
 だがこの聡明な仕事も、南瓜の花の真盛りのころから、ばつたりと止してしまつた。
 炎天が幾日も、幾日もつゞいたその後に、今度は雨が幾日も、幾日もつゞくのであつた。
 すると妻は、急に私にむかつて口小言をいひはじめた。
 ――ほころびがあつたら、早くいつて下すつたら、いゝぢやありませんか、出掛にばかりいはないでね。
 ――男が、どこが破れてゐるの、ほころびてゐるのと、いち/\注意してゐられないよ。そんな仕事が女の仕事ぢやないか。
 妻は私の手から、着物をひつたくつて、その布地を歪ませながら針を運ばせ、不平さうな顔をするのであつた。
 ――まあ、こんな下駄の減らしやうて、ありませんわ、上手に減らすもんです
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