らうと思はれる、さうたいして傷んでもゐない、茶色の覆ひ布の藁布団などに、老人夫婦は十日間程も熱心に鍬をいれてゐた。
 鍬が塵埃の中の瀬戸物にふれると、それは爽かな響をたてた。
 老人達の仕事を、書斎でじつと無心に眺めてゐる、私の感情をその瀬戸物にふれる音は、殊に朗かなものにした。
 種ををろしてから、三月と経たないうちに、老人夫婦は、私の書斎からの、展望をまつたく、緑色の[#「緑色の」は底本では「縁色の」]葉で、さいぎり、奪つた。
 夏の地球は、暖房装置の上にあるかのやうであつた、老人の播いた南瓜の種も、みごとに緑色の葉をしげらし、この執拗な植物は、赤味がゝつた黄色の花をひらいた。
 その花を、たくましい腕のやうな蔓がひつ提《さげ》て、あちこち気儘にはひ廻り、そして私達の住居を囲み、私達夫婦の『繊細な暮し』を脅かしはじめた。
 この南瓜畑に、取囲まれながら私達は、結婚後三年の夏を迎へた。

 妻は、シンガーミシンを踏むことが巧であつた、青丸《あをまる》には、いつもあたらしい布地に、美しい色糸でさま/″\な[#「さま/″\な」は底本では「さ/″\まな」]図案の胸飾をした、涎掛を、つくつて
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