つぱつて台《だい》なしにしましたわい どれ櫛《くし》をもつてをりますよ


これは恐縮《きようしゆく》の至《いた》りです
いや、どうも お互《たが》ひさまで


ヒゲを引《ひ》つぱつてゐるときは どうなるかと思ひましたよ
そつと降《を》りやう いや、おどろいてしまつた
ほんとに心配《しんぱい》したわ でも仲直《なかなほ》りしてよかつたわ


お父《とう》さん お昼《ひる》のお弁当《べんたう》をもつてきました


おお テン太郎か
おや ニャン子にピチも御|苦労《くろう》 入り給《たま》へ


これは坊《ぼつ》ちやん やあ、いらつしやい いま貴方《あなた》のお父さんと床屋《とこや》ごつこをやつてゐましたわい
全《まつた》くその通り アハハ
ウフフ
ウフフ
ウフフ


けふのお弁当は何んぢや これはノリで包《つつ》んだおにぎりぢやなあ
何ぢや君たちは なにがそんなにおかしいのぢや
ウフフ クス クス


月|野《の》さん ひとついかが
ほほう これはわしの大|好物《かうぶつ》でして ひとつちやうだい致《いた》しませう


ええと これが火星《くわせい》だとしますと


火星の運河《うんが》の問題《もんだい》ですかな
左様《さやう》 望遠鏡《ばうゑんきやう》でみますと 河《かは》はみんなまつすぐに見えますね


火星|人《じん》が造《つく》つたものだといふんですな
その通り 火星の運河は 洪水《こうずゐ》とか噴火《ふんくわ》とかの自然《しぜん》の力で出来たとは思へませんね


それはちがひますよ、あまり地球《ちきう》から遠いので 直線《ちよくせん》にみえるだけですよ
それは ちがひますな


現《げん》に写真《しやしん》にも まつすぐにうつりますからね
写真や望遠鏡は まだ完全《くわんぜん》ではありませんな
あら、また始《はじ》まりさうだぞ
いまにどつちかがヒゲをひッぱつてよ
これは天候《てんこう》険悪《けんあく》だぞ


星野さん あなたはどうも強情《ごうじやう》でよろしくない
貴方《あなた》こそ強情ですわい
あらあら
とうとう ヒゲををひつぱつたい
アハハ おかしい おかしい


あつ これはとんだ失敗《しつぱい》だ あなたのお父《とう》さんの大事なヒゲを 引《ひ》つぱつてしまつたわい
いや かまわんですよ ハハハ
アハハ ハハ ハ


いかがです 月|野《の》さん おにぎりを半分《はんぶん》さしあげませう
これはどうも
おや また仲直《なかなほ》りだ
仲が良《よ》いんだか悪《わる》いんだか わからないなあ


ぼく達《たち》も おにぎりをたべたいなあ
さうだつたね これは気がつかなかつた さあ君たちもおあがり
火星《くわせい》の話も面《おも》白いけれど
おにぎりもうまいわね
その通りぢやアハハ
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火星《くわせい》への通信《つうしん》


坊《ぼつ》ちやん、わしが研究室《けんきうしつ》を案内《あんない》してあげやう
やあ、うれしいなあ
みせて もらはう


わたし 火星へ行つてみたくなつたわ


これは、わしが研究《けんきう》をうけもつてゐる機械《きかい》ですよ
大きなものだなあ
何んだらう
何んの機械だらう


いま機械の覆《をほ》ひをとりますから 離《はな》れて見てゐてごらん
アッ わかつた いつかお父《とう》さんが話してくれた 火星信号器《くわせいしんがうき》だ


さうです、この機械は 地球《ちきう》から火星へ信号するのです
すごいなあ
ずゐぶん光るわね
まるで鏡《かがみ》のやうだ


さうです これは鏡《かがみ》です ピッカリングといふ天|文学者《もんがくしや》が考《かんが》へ出した 火星《くわせい》への信号《しんがふ》の仕方《しかた》です
これで火星へ 信号してゐるのかしら


いやこれは実験模型《じつけんもけい》です ほんとうに信号するときは 半哩《はんまいる》四方ほどの大きな鏡にするのです
半哩四方とは すごい大きな鏡を使ふんだな


ほをら あそこの山へ光線《くわうせん》を反射《はんしや》させましたよ
あら、山へ映《うつ》つてきれいだわ
やあ 光る光る


太|陽《やう》の面《めん》の百万分《ひやくまんぶん》の一の大きさの鏡をつくると 丁度《ちやうど》半哩|平《へい》方|程《ほど》の鏡がいることになります
その大きな鏡に 太陽の光をうけさせて光らすと 火星の側《がは》から見ると第《だい》五|等級《とうきふ》の星の光ほどに光つてみえる……


しかしいくら信号をしても 火星に智慧《ちゑ》のある生物《いきもの》がゐなければ 我《われ》々の信号を受取《うけと》ることができない
やあ あんなに遠くの方の森が照《て》らされて 明《あか》るくなつた



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