たくせに
○
ぢや、もつと登つたつていいわ ちよつと芸当《げいたう》だわね
おや 博士が大きな声《こゑ》で何か言《い》つてゐるよ
紙をこつちに見せてくれつてさ
○
さてテン太郎 いまニャン君がもつてゐる紙をよくごらん
何かがかいてありますね
○
おや
たくさん線《せん》が 引《ひ》いてあるやうですね
あれを火星《くわせい》の運河《うんが》だとして 一つ写生《しやせい》をしてごらん
○
よしきた、でもよく見えないんです
そんな弱虫《よわむし》をいつてはいかん お父《とう》さんは毎《まい》日天|文台《もんだい》でもつと遠くを見てゐるんだ
○
これは難《むづ》かしい仕事《しごと》だなあ
お父さんなんかどうする 毎日|地球《ちきう》と太|陽《よう》との距離《きより》六|千《せん》二|百万哩《ひやくまんまいる》の向ふを見てゐるんだよ
○
火星《くわせい》が地球《ちきう》に一ばん近いときでも 年《とし》によつて違《ちが》ふが 三|千《ぜん》五|百万哩《ひやくまんまいる》もある
もの凄《すご》く遠くに 在《あ》るんだなあ
○
いやそれ所か、もつともつと遠くに離《はな》れてゐる星が 空には一ぱいあるのだ
○
もう我慢《がまん》できないわ 手がしびれて上からすべり落ちさうだわ
○
なんだ 智慧《ちゑ》がないなあ 君は足だつて使へるぢやないかあ
○
もう駄《だ》目よ 足《あし》もふるへてきたのよ
もう一|段《だん》下の枝《えだ》に 下り給《たま》へ 叱《しか》られやしないよ
○
ああお尻《しり》が 痛《いた》くなつちやつた
困《こま》つたなあ ぢやもう一段下の枝へ
○
あたい つまらなくなつたわ
僕《ぼく》もたいくつだよ 下の枝まで降《お》りてき給《たま》へ
○
これなら楽《らく》だわ あんたキャラメルもつてゐたわね
さうだつた 一つあげやう
○
おや樹《き》の所に 何も見えなくなつたぞ
ほんとだ ニャン子たち 何うしたのだらう
○
あさうだ 望遠鏡《ばうゑんきやう》をもつてきて見てやらう
ああそれから お父《とう》さんが作《つく》つてやつた模型《もけい》のロケットもとつておいで
○
どれどれ
おやあ これは驚《おど》ろいた ふたりとも樹の下で眠《ねむ》つてゐるぞ
○
このロケットで驚ろかしてやれ
アハハ 驚ろくぞきつと
○
(ドカン!)
うわあ おどろいた
○
すつかり眠《ねむ》つちやつた
テン太郎さん ごめんなさいね
○
きみ達《たち》は、もつと火星《くわせい》の研究《けんきう》に熱心《ねつしん》にならなければいけないよ
だつてわたし ずゐぶん高い木のてつぺんに上つてこわかつたわ
まあよろしい
いや、どうも恐《おそ》れ入りました
○
ところでテン太郎 お前の写生《しやせい》した絵《ゑ》を見せてごらん
こんなにかけました
○
テン太郎 お前の描《か》いた絵はこれだ ところで
ほんとうの絵はこれだ
あらッ まるで違《ちが》つちまつた
ほんとに
おかしいわねえ
○
どうぢや目茶《めちや》くちやな点《てん》だつて ある距離《きより》から見ると そんなに真《まつ》すぐに見えるんぢや
ほんとうですね だから 星の運河《うんが》だつて真すぐに見えても 人|間《げん》がつくつたとはいへませんね
その通りぢや お前は呑《の》みこみが早いぞ
○
月|野《の》先生《せんせい》は なんとおつしやるんですか
月野|博士《はかせ》はロウエル教授《けうじゆ》と同《おな》じ考《かんが》へで 火星《くわせい》は水が少《すく》ない そこで運河《うんが》へは火星|人《じん》が大|仕掛《じかけ》の給水《きふすゐ》ポンプで水をくばるといふのぢや
ほんとかしら
うそかしら
○
さあ 夕飯《ゆふはん》がすんだら 今晩《こんばん》はみんなにいいものを見せてあげるぞ
あ、さうだ けふはお父《とう》さんに幻燈写真《げんとうしやしん》を見せていただく約束《やくそく》だつた うれしいなあ
幻燈
まあうれしい 早く見たいわ
[#改ページ]
火星《くわせい》に人間《にんげん》が住《す》んでゐるか
○
これが 火星の運河《うんが》を想像《さうざう》して描《か》いた絵《ゑ》の幻燈だ
うわあ すごいなあ
この太い管《かん》はなんでせう
これが きつと 火星の運河のある所に茂《しげ》つてゐる植物《しよくぶつ》に水を送《おく》る管だ
○
運河《うんが》の長さはどれ位《くらゐ》あるんです
それが大|変《へん》ぢや 何|千哩《ぜんまいる》も続《つゞ》いてゐることになる
そして時々|望遠鏡《ばうゑんきやう》で火星《くわせい》の運河が二本に見える 学者《がくしや》はこれを二|重《ぢゆう》運河といつてゐるんぢや
○
それは、ほんとうに二重でせうか
それはわからん
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