小熊秀雄全集−20
大波小波
小熊秀雄


独立美術分裂説
 次は誰が脱退するか

 ▼独立の林重義も遂にシビレを切らして脱退した。当然の現象である。今年の独立美術展に就ては、一般観賞者はいよ/\この団体のマンネリズムに失望した。出品画家もそれを認めてゐた筈だ、たゞこの団体の一部の会員は『さう飛躍的に進歩ができる筈がない、幾分ではあるが前回より、素質が向上してゐる――』といふ、この言葉位頼りない、我が田を賞める態度はない。世評を塗りつぶさうとする合理化の自己弁護以外ではない。独立内部に如何なる特殊的事情が潜んでゐやうと、大衆はそんな事情は問題ではない、具体的には『面白くもない展覧会』であつたといふ一般的批評が決定的なものである。
 ▼出品者にむかつて、号数の制限といふ進歩的団体にふさはしからぬ規定をつくつたなどは、明らかに独立内部の弱化面を曝け出した、出品画の大きさの制限によつて、どれだけ出品者がそれによつて内容的な実質的な絵を描いたかは問題だ、カンバスの枠の大きさの制限は、絵具屋の絵具の売れ高を幾分減らした位のものであらう。
 ▼最近巷間に伝はる独立美術の分裂説も、展覧会前には何時も伝はつたためしはない、世評に答へるための幾分の良心的な言ひわけであるかのやうに、展覧会後に伝はるのである。
 ▼一部の進歩的分子が偽日本主義分子を反撥してゐるのは事実だが、さてその進歩的分子なるものの進歩性が問題である、今のところの見透しでは、正統シュール・リアリズムを自称する一派が進歩的側に立つてゐる以外に、其他に進歩的分子は見当らないのであるから、毎年のやうに分裂する、分裂するといふ説が巷間に伝はつて、それが出来ない理由の中には、これらの自称進歩分子の実力の薄弱性が、一年延しに分裂説を引のばしてゐるだけだ、時間が経てば所謂進歩的分子のチョッピリとした尖鋭部分も磨滅し、またぞろ仲良く展覧会を開く位が関の山だらう。


文学待つたなし
 小林秀雄君へ一言

 ▼文学界五月号の告知板欄、小林秀雄君が僕に一言してゐる、僕が同君のドストヱフスキイ論に曾つて若干の注文をしたことに対して「それは僕の仕事が終つてから何とか言つて貰ふことにしたい」と不服を言つてゐるが、小林君のこの甘つたれた調子は、少くとも「文学界」といふグループの温床の中でだけは通用するだらうが、其他の所では通るまいと思ふ、文学上の論評は一切待つたなしにしたい。
 ▼小林君はドストヱフスキイ論では僕に「待つた」をかけながら、「菊池寛論」をやることでは、「待つたなし」でやることは、身勝手といふものだ、菊池氏が「僕の仕事が終つてから何とか言つて貰ふことにしたい――」と言はなかつたのが幸である。
 ▼いゝかげん小林式の二枚舌で読者を混乱させることは、この辺で切り揚げた方がいゝと思ふ。文士といふ特殊的存在が、理屈をいふ技術と、いささかの文字を弄する自由をふるまつて、無論理的な言説をまき散らすといふ現象に、読者が何時まで堪へ得られるかといふことは問題だらう。
 ▼然し時代は「待つたなし」になつてきてゐるし、文壇のこれまでの八百長性や、中途半端性は、文壇仲間は知らず、大衆の良心性がその存続をこれまでのやうにゆるしてはをかないだらう、作家の言説に、矛盾が現れてゐればゐるほど作家らしい――などといふ作家タイプはもう新しい時代のものではない、小林秀雄といふ人間的矛盾は、もう売り物にはならないといふこと、もし今後も売品たり得るとしても、一般大衆が経験してゐる真実の社会的矛盾の、その圏外に、勝手に小林が売つてゐるだけといへよう。
 ▼最近の小林秀雄君や、林房雄君達文学界一党の言説を見ると、今ではこれらの人々の言説は既に「無邪気ではない――」といふことを痛感させるものが多い。


中條の飛石評論
 忠実なる読者の声

 ▼中條百合子氏が新潮五月号で『文学の大衆化論について――』一席弁じてゐる、この論文の内容に就ては只単純に『御説の通り』と言ふより他に仕方があるまい、左様に例の調子でプロレタリア評論家の通弊的な説得的な態度である。
 ▼近来の中條氏の評論の所謂『評論用語』なるものは、全く概念的なものの羅列にすぎない、文章の果たす啓蒙的役割といふものが、もし何時も同じやうな調子で、同じ内容を語つてゐて差支ないものだとすれば、中條氏の文章を、始めて読む読者だけは、大いに彼女の進歩性に感動するだらう、しかし再三中條氏の文章に接してゐる忠実な読者にとつては、論者の反覆性にはがまんがならないものがある。
 ▼然し中條氏が生きた文章を書くことが目的であつたなら、その文章用語は、生きた現実との照応に於て、何等かの新しい意義を与へるために、自らものの言ひ方に、一工夫も、二工夫もあつてよろしからう。
 ▼彼女は自己の認識を語るのに、『
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