り読者を釣つてきただけである。当局でなくても机上の文字で人間の生死感を簡単に片づける作家に向つて、戦場に出掛けて弾丸雨飛のもとで死んで見当[#「当」に「ママ」の注記]とまでは言はないが、毛脛を焦がす程度の戦争の迫真性でも味つてきてから作品を書けと言ひたくもなるのである。
▼当局が作家を戦地に招待するのも戦争に対する認識の是正を作家に求めたからであらう。当局も文化と民衆との接触がその作用の大きさに於て、見逃すことの出来ないことを認めてゐる今日、当局が今後文化人に対する奉仕の求め方も強くなつてくるものとみていい。
▼それはたいへん結構なことである。当局はいろいろの機会に作家を各方面に手きびしく引き廻して、第一に作家の感傷性の追ひ出しをしてもらひたい。全く作家の振り廻す国内的な感傷性位、これまでどれだけ読者を毒してゐるかわからないのであるから――。
文化宣伝の具
英語の国際性を知れ
▼国際文化振興会で現代目本の実相を外人に伝へる目的で、『日本文化叢書』を発刊したことは、時宜に適したやり方だが、事業が『国際性』に立つ場合に、いやでも『英語』に依るといふ事情はこゝでも動かすことが出来ない。曾つて英語排斥の声は高かつた。気の早い学校では英語科目を廃止したところさへあつた。日支事変で日英関係が悪化した事も原因であるが、大体日本人の国民性には、現象に左右されるといふ心理的動揺の幅がありすぎる。ちよつと許り日英間の情勢が変ると、坊主憎ければ袈裟式にすぐ英語を廃さうとするのである。
▼むしろ日英関係が悪化した場合には、大いに英語を学ぶべきで、相手国を理解し尽しそれを圧倒するには、相手国の言葉を知ることが何より先決問題だからである。然るに一部人士には、外国語使用を国辱なりとして排斥しようとする傾きがある。それでは悔は身近くにはないが、やがて遠いところに現はれることは明らかである。
▼日本が外国語を擯斥してゐる際に、逆に諸外国で日本語熱が昂まつてゐる。それだけで日本の国際的地歩の向上である――とお人好しに喜んでもをれない。むしろそのことに驚かなければならぬ。言語を知られるといふことは、その国民の心臓を知られるといふことであるからだ。
▼一部の日本人の外国語を嫌悪するといふ心理は『英語』と『英国』とを混同してゐるからであつて、国際語としての英語は、既に外国語と呼ばるべきで
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