主義者でありながら、象徴的な画を描いてきてゐるといふことは興味ふかいものがある、金井紫雲氏の言ふやうに『象徴的気分』はいけないのであつて、作画上で象徴的解決にもつてゆくことは一向差支へないのである、気分では方法が生れないのである、郷倉氏の作画方法は、あくまでリアリズムであつて、そこから引き出された答が象徴主義者なのである、氏がシンボリズムの様々の試みをしてゐることは過去の仕事ぶりをみてもわかる。
 第八回日本美術院『地上の春』は林の中の樹木の群が歓喜の状態で描かれてゐる。硬い目に描かれてゐる木の枝に、配するに柔らかい花と、木の芽があり、地上の湿潤のいい春の気配を感じさせる作である、この描法の硬さは単純な企てから出発した硬さではない、強い写実力として、その後の行き方の基本的なものを示してゐる、当時の画家たちがどんな仕事をしてゐたかといふことを回顧することも無意味ではあるまい、当時は小林古径の『罌粟』や、藤井達吉の『山芍薬』のリリシズム、速水御舟の『菊』殊に速水の『渓泉二図』の豪放のうちに強い写実味を加へた作や橋本静水の『秋』はけんらんたる絵巻を展開し何れの作家もすぐれた写実的風潮を、その
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