じられるのである。それは何処から来てゐるか、それは自然観照の態度で、描く対象を突放したやり方が却つて成功をさせてゐるのである、二羽の鴨には生きた血が通つてゐて、じつと冬の中で静止してゐるところは、鴨の体内的な温かさをさへ観るものに想像させるといふ、南風氏一流の感覚的な方法が生かされてゐるのである。
往々にして南風氏の批評は、その表面的な批評で終る場合が多い、作者の洞察点にまで批評家が触れてやつて批評をする以外に親切な批評はないはずである、したがつて彼の作品に対して世上区々としてまとまつてゐない、帰するところは南風氏の人柄が良いといふところに落ちる、或る人は南風氏の三徳として『決して人に逆らはない』『道に逆らはない』『人に先んじない』と数へあげてゐる。
しかし果して南風氏をさうした表面的な観察だけで済ましてをいていゝであらうか、人にさからはないといふことは、必ずしも美徳にはならない、南風氏は南風氏一流のさからひ方がある、その方法は彼だけのもので他人の察知できないものである、道にさからはないといふ訳は、いかにも彼が中庸主義者、合理主義者、功利主義者のやうに思はせがちであるが、彼が他人や
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