出し、距離を描き出し、形態の面白さを描き出すことができたかといふ点である。しかしそれは直ぐに解決をすることができる。山口華楊といふ作家は、いつたい誰の門に居たかといふことを考へてみたらわかる。彼の師が西村五雲であつたといふことを想ひついたらいゝ、華楊といふ作家は、五雲の画風を如何に摂取したかといふことを考へてみたらいゝ、俗に親に似ない鬼つ子といふ言葉がある。華楊はその作品、作風の一寸と見では五雲の形式とは似てゐない。鬼つ子である。五雲の作は、ずつと躍動的であるし、それこそ才気煥発である。自然の変化を極度に追求した点がある。華楊は五雲に師事しながら、五雲のこれらの方法とは全く違ふ、似てゐない。然し私は前の稿で、華楊もまた才気煥発だと述べてゐる。その理由を明らかにしよう。華楊は五雲門のうちでも、最も五雲の方法を摂取した一人ではないかと思ふ、それは画風としては、師のものを継いでゐない。それはあくまで華楊のものである。しかし方法、手段の点では五雲の方法が、まことにこなれて取り入れられてゐると思はれる。描かれてゐる部分と、描かれてゐない部分との画面上での抱合、この巧みさは五雲独特なものがある。華
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