やかしてやりたい。また或る批評家は正直にかう告白してゐる『神泉が色調でセピア風なものを好む心理がわからない、また日本画壇ではその点珍らしい作家だ――』と、他の画家が、青だ赤だ藍だと騒いでゐるときに、神泉は茶つぽい色を好んで使用する気が知れないといふのである。それはもつともな疑問でなければならない。しかし飜つて考へてみるときは、至つてこの問題の謎は容易に解ける。茶とか黒とかは現実主義者が好んで使用する色なのである。殊に「茶」といはれ、また「セピア風」と呼ばれる色調「自然主義的な色調」なのである、こゝでいふ自然主義とは××主義とか××流派とか呼ばれる意味での「自然主義的」といふ意味ではない。こゝで誤解を避けるために言ひ方を変へてみれば「自然科学的」といつた方がわかり易く、また当つてゐるであらう、神泉の色調がたまたま彼が現実主義者であつたために、「自然科学」的な色調を選んだといふことは、至つて自然な選び方だと言へるだらう。茶にせよ、青にせよ、神泉の色の選択、色の重ね方は、自然への復帰といふ第一の方法が採用されて後、表現といふものにとりかゝるのである。表面的には絵が冷酷で、神経質で、冷たい形を
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