方としても、突然何の前触れもなしで、私から公開状の形式で呼びかけられるといふことは決して良い気持のものではありますまい、しかし私はいろいろと熟考した結果貴方個人に宛てゝ、この形式で書くことが、もつとも穏当のやうにも、また現在のところこれがさまざまな表現の形式のうちで、最良のもののやうに考へましたので、この公開状を書いてゐるのです、これを公開状形式にしたことに就いては、問題を貴方対私といふ対個人関係から、出発させようとしてゐるからです、公開状といふ公衆性をもたせましたのは、この問題が、決して私信に停まるべき性質のものであつていけないと考へたからです、一つの社会問題として批判を仰ぎたいといふ目的からです、
 この公開状は場合に依つては、問題が思ひがけなく拡大する性質を帯びてゐると思ひます、またその反対に、小熊秀雄と称する詩人で評論家である一私人の単なる妄想として、一笑に附されてしまふかもしれません、私はむしろ後者として、私の一妄想として、問題が縮小され、雲散してしまふことを望みます――但しそれは全くさうした事実がなく、真個《ほんと》うに私が精神病患者であつた場合の帰結であり解決であります、もし私の見解が正当であり、私が妄想患者でなかつた場合には、問題は社会正義の問題として保留されるでせう、
 一つの事実が、正しいか、不正であるかといふことに就いてその事実の性質が、個人性を帯びたものと、社会性を帯びたものと二種類あるでせう、後者の社会性を帯びたものは、あらゆる場合に於いて、正邪を明瞭にしてをくといふ、人間的義務を生ずるでせう、私はこの公開状発表によつて、まづ人間的義務を果さうとしてゐるのです、つまり『問題の提出』といふ最小限度の義務を果してゐるのです。貴方が私のこの公開状を読んでも、何等人間的な義務を感じにならない場合には、この公開状を黙殺なさることもまた貴方の自由です。
 さて私がこの公開状を書くようになつた事情を語りませう、橋本明治氏よ――貴方は小熊といふ人物を御存知の筈です、それはたつた一度ですが、私は貴方のお宅をお訪ねして、貴方と色々とお話ししましたから、私は貴方の人柄風格も知り、また作品も系統的に調べてもみました、そして貴方の作品の支持者でもあるのです、また将来もさうでせう、さういふ意味からも、こゝでこの公開状を書かないでは気が済まないといふショックも、今回うけたわけです、昭和十四年十月十四日の『日刊美術通信』の記事を見ますと、西山主任との「一問一答」といふ題で、同社の記者と文展日本画主任の西山翠嶂氏との一問一答記事が掲載されてをります。

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 発表のため美術記者連盟の控室に姿を見せた西山主任に対して記者達は突込んだ質問を試みたが一問一答は次の通りであつた
 記者――昨年の特選橋本明治、奥田元栄が落選に瀕したといふことだがそれに就いて聞きたい
 西山――橋本君の作品は出来栄え問題でなく研究的態度につき審査員会に是非の論があつたが結局入選した、奥田君のは種々の意見が出て最後まで残つたが採決の結果、票数が足らず落選することになつた――(以上美術通信記事より)
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 この記事を読んだとき、貴方の本年度文展作品に就いて、まだ見ない間から私は非常な興味を覚えました、それは美術記者と西山主任との短かい一問一答記事の中に、既に文展審査の二つの暗流を感じますしさうした発表前に問題を惹起した貴方の作品がどんな性質の作品であるか見たかつたからです、それにもう一つの問題は、貴方の作品『三人の女』はその出来栄えは問題にならなかつたが、橋本明治といふ作者の研究的態度が審査員間に是非の問題になつたといふことです、研究的態度を[#「を」に「ママ」の注記]審査席上で問題になるといふことは、よくよくのことに違ひない、殊に審査の本質は、その作品出来栄え本位で行くべきで、最悪でないかぎりは作者の研究的態度などを問題にすべきではないからです、貴方の制作上の態度にまで審査員が口を入れるといふことは、個人の自由に対する、審査員の一つの越権行為と見るべきです、しかし私は今にして見る場合には、あなたの研究態度で、審査員が別れて論じたといふことは、最悪の場合であつたことが想像されます。
 私は招待をうけて、文展招待日第一日に出掛けました、そして貴方の作品も拝見しました、そして貴方の作品の前にじつと立つて、この作品『三人の女』の何処に作者の研究態度の論難点があつたのであらうかと、ながいこと調べ始めました、洋画家の私の知人は貴方の『三人の女』はピカソの日本的解釈だと言ひました、それはピカソの作品に子供を差上げた作品もありましたからです、私の見解では『三人の女』は題材的に深い計画のあつたものではなく、日本画界に於ける純然たる新形式の
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