『神社裏』は神社といふ痲痺的な存在の裏に、庶民的な貧しい人間の小屋があるといふ適確な社会意識がでゝゐて優れてゐた『子を抱いてゐる海女』と海の薄明の下に働く女が子を抱いて歩るいてゐる哀愁感は充分画面に出てゐる。
この種のものにはこの人は独特な創意性がある。
△恩地孝四郎氏――『海』海女の居ない方の小さな二枚の海は優れてゐる、若しこの調子の油を描き得たら面白さうだと思ふ。
△彫刻では――阿部進六氏の『少女の首』柳原義造氏の『立像』福沢正実氏の『モンノンクル』など私を注意させたきりで、彫刻工芸は私は良く判らないから書かない。
ルオーに就て
ルオーの公開数点はだめになつた、或る画家は国展はつまらないが、ルオーがあるから見に行くなどと公言したが大変な不心得だ、ルオーの良さが判つたら国展の良さが判る筈である、国展を真に悪くいふことの出来る人であつたら正確にルオーを悪くいへる筈である、なぜこんな謎のやうなことをいふか、簡潔に言へば、日本の洋画壇を沈滞させてゐるものは、ルオー的な現象主義的な観方が画家全般を掩つてゐるからである、国展的なリアリストは観念の硬さに閉ぢこもつて、ルオーを何か動きのある自由な作家の良さと観察する、一方独立展的な観念の柔らかさとふしだらさから、せめてルオー風に観念を定着させたいものだといふ希望をもつて、ルオーの絵の前に頭を垂れてゐる、ルオーはこれらの非リアリスト達にカンバスの裏表から挾み撃になつた型で騒がれてゐる。
ルオーの描法を解く鍵は出品のうちの『サンタンバンク』である、こゝではお汁でベタ柔らかな自由性で描いてゐる其他の絵はこれにただ幾度も重ねるといふ時間を掛けただけだ、ただ日本人はそれではルオーのやうに何べんも重ねたらルオーのやうな絵が出来るかといふと保証ができない、何故といふに、日本人はルオーのやうに画面の処理を浅く全面的にまとめることができるが、深く全面的な完成性を追究してゆく力がないから、画面に大きな欠点を作つて、手を入れることに依つて大きく完成させてゆくといふこの時間的繰り返しの、精神的エネルギーがない、なんでも完成、完成である、短距離には強いが、長距離には怪しいのである、ルオーの現象主義的方法が、その方法の誤りであるに拘はらず、あれだけの物質性を出してゐる理由はあの作画方法の偶然性が果す最後的な効果といふものを、ルオー自身ちやんと知つてゐるからである。
日本にも偶然的なやり方で効果をねらつてゐる画家も少くないが、この偶然的方法の反覆をルオー程に頑張つてやるでもなし、やつたとしてもこれらの偶然性が、一つの必然性に転化した途端の瞬間的な把握力を作者自身がもたないから、だらしなく無駄な偶然性を追ひ廻すだけである。そして結局何も出来上らないのである、ルオーは怖るべき作家でも何でもない、作画方法は見え透いてゐる、もつとも現象的にルオーの画面の上つ面だと見るとすれば、日本の低度の現象主義者は、高度の現象主義者ルオーを理解できないことではあるが。
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革新の日本画展
新日本画研究会展の評
酒井亜人[#「酒井亜人」に傍点]氏――『冬丘』絵の仕上げが粗雑なやうだ。筆触が大まかだが、それは日本画としてデテールを欠き、洋画風なマッスを作りあげようとしてゐるが無駄だらう。日本画の強みは細密に打ちこんだ点にあるがそれを逸脱してゐる、山岡良文[#「山岡良文」に傍点]氏――『煙具』色の近代性を覗つてゐるのは良い、煙草包紙の実物を貼りつけるやり方は甘い、実物を画に貼りつけるといふやり方などは第五流の洋画家に委してをいたらいゝ。『花束』白い牡丹の色の神経は美しい。西垣籌[#「西垣籌」に傍点]氏――『小供』色彩の混濁を避けようとして、避けきれなかつた、もつと猛烈な追求をやつて単純化に復したらよかつた。この人の作は色彩が一見幼稚さうに見えて決してさうでないところに味がある。岩橋英遠[#「岩橋英遠」に傍点]氏――『土』(ニ)非常に感[#「感」に「ママ」の注記]能的でタケノコの描き方など作者の感覚を美事に出してゐた、素朴なテーマを複雑に描くやり方は、とかく日本画では複雑なテーマを単純化したがる一方的なやり方を脱してゐる。島田良助[#「島田良助」に傍点]氏――『夏蔭』度胸のある作家だ、度胸で負けるか、度胸で勝つかは芸術家の運命の決まるところだらう。白の色も特異性がある、木の幹の色、描き方は古い。ツツジ色の甘さは美しい。吉岡堅二[#「吉岡堅二」に傍点]氏――『馬』制約性の下で仕事をすゝめてゐる。つまり自己を繋ぐ方法を自分で作つて仕事をしてゐる態度は正しい。その意味で野放図の自由の中に制約性をみつけて仕事をしてゐる福田豊四郎氏と殆んど対蹠的である。『馬』は激情的な仕
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