であるといふ事実を無視しては、徒らに歴史に対する追従者の絵画であるといふ規定を与へられてしまふだらう。
○梨本正太郎[#「梨本正太郎」に傍点]氏――『潟の見える花畑』この人の絵をとりあげる批評家はおそらく私位なものだらう、この人とは何の面識がないので年齢などはわからないが、その絵から受ける感じは、作者は五歳の赤ん坊でなかつたら、百歳の老人が描いたものにちがひない、他の批評家が問題にしないだらうといふ私の言ひ方は、この人の絵は外見的にはアカデミックな一切の形式を完備してゐるから、軽忽な評者は『古い』と一言で言ひ切つてしまふだらうからである、五歳の小児の感能の世界は人生の薄明期を彷徨する世界であり、百歳の老人の世界は人生の薄暮に住む哀愁が漂ふ、梨本氏の作品はさういつた感覚的な蔭の多い美しさの蓄積されたものである。
○石井万亀[#「石井万亀」に傍点]氏――この作者の前衛性を見究める場合には、作品の線や色に就いての親切な客観的態度を批評者にとつて必要とされる、若いシュールリアリストは、線の整理や型の思ひ切つた飛躍を石井氏に求めてゐるやうであるが、私に言はせればシュールに新しいも古いもないのである、石井氏は若手のシュールに言はせれば古いシュールであるかも知れないが、封建性や伝統性への反逆と格闘をこの派の生命とするならば、私はむしろ古いシュールリアリストに新しい現実の再現をこそ期待するものが多い、石井氏の感覚の画面上での処理は決して消極的ではない、洗練されたものである。
○高岡徳太郎[#「高岡徳太郎」に傍点]氏――『山』色彩は悪いが、全体的に何か魅力的なものがある、色彩の悪さに問題を抱含させてゐるからであらう、美的享楽を画面が我々に与へはしないが、混濁した現実が我々を美に反撥させるとき、往々我々を麻痺させることがあるが、その種の醜がもたらす快感がある。
○佐伯米子[#「佐伯米子」に傍点]氏――この人はお家の芸に隠れた感がある、この人の女性的な繊細な線は、曾つては日本の作家の男性的な力に対抗するほどに、デリーケートに活躍した時代があつたが、今はその面影もない、この人には作家意欲の高さはあつても、たくましさがない、画面に喰ひ下る執着の乏しさがある。
○熊谷守一[#「熊谷守一」に傍点]氏――『牡丹』は出色の作である、この小品は人間の精神の高さに於いて、こゝでは種として道徳的意味ではなく、自然観察の上の精神的高さに於いて、極限的なものを示してゐる、各人はその究極的な意味に於て美を語り尽さうとするものであるが、熊谷氏の小品『牡丹』では現実の豊饒化が企てられ、『絢爛美』に相当する現実が描かれてゐる、他の二点は既に私の頭の中にある熊谷氏の作品といふ概念のものであつたために『牡丹』のやうな新しい感動を与へなかつた。
○野間仁根[#「野間仁根」に傍点]氏――良い意味での爽快性、悪い意味での職人性は、『夏の淡水魚』の作である、野間氏の懐古展で見た実力はこゝでは見られない。
○中村暉[#「中村暉」に傍点]氏――彫刻『少年道化』の良心的態度は支持されていゝものがある、作者の感情の美しさが無条件的に作品に現れてゐる、芸術家といふものは結局は精神上の叡智に依つて勝負けが決まるものであるから、中村氏のやうな聡明な行き届いた神経の下につくられた作品は最後的な勝に帰するだらう。
○渡辺小五郎[#「渡辺小五郎」に傍点]氏――『膝をつく女のトルソー』は中村氏と同系列のヒューマニティの作家であつて、塊りをやかましくいふ彫刻界では反対者も多いだらうが、私はかうした繊細な態度を支持したい、彫刻家が土方の一種であるとすれば渡辺氏のやうな脆弱な精神は軽蔑されるだらうが、そのモロさに美しさがある、ガンガンと叩きつけたタッチだけを見せつける作品は嫌である。
○河合芳男[#「河合芳男」に傍点]氏――『女人像』の神経は渡辺氏に較べては太い、然し全く反対の立場にあるものではない、感情の切断面の美しさともいはれるべきものがある、形式美への追従を避けて、もつと圧縮した現実といふべきものを見せてほしかつた、相当に高い技術をもつてゐるのであるから今度は技術を殺すことに依つて迫力がつく筈である。
○川崎栄一[#「川崎栄一」に傍点]氏――大作であつたが、肝心の距離感が喪失してゐた、テーマの上では難はなく、意志と恐怖と哀愁とは現代の三つのテーマとも言へるものであるが、川崎氏の群像はその時代的な象徴を語るものであつた。群像としての像のつながり関係も自然なまとめ方である。
○長谷川八十[#「長谷川八十」に傍点]氏――一見粗雑なやうに見えてゐて、案外デリケートな落着いた作品である、動的なものは、作者の感情の推移の表現であるが、動的な形態を巧みに固定化し制約して効果をあげてゐる。
○渡辺義知[#「渡辺義知」に傍点]氏
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