る多くの日本の超現実派の作家は、当然ダリと共に没落するだらう。然も作品的にはダリの足元へも寄りつけない拙作を抱へたまゝで没落するだらう。ダリは新しい衣を着た古典主義者にすぎない。ダリの理論的根拠は一応科学的ではあるが、新しい絵だと他人に見せかけることが出来る程度の科学性よりもち合してゐない、いまどきフロイド主義的理解に立つてゐるダリを私はどうしても新しい作家だなどとは思へないのである。
ダリ自身かういつてゐる『サルウァドル・ダリが、英国のラファヱル前派の明白なシュルレアリズムに眩惑されずにゐるだらうか?』といふ言葉の中には、ラファヱル前派に対する所謂ダリ的主観と合理化があり、こゝでは完全に復古主義者としてのダリを証明してゐるだけである。ダリがラファヱル前派に眩惑することは勝手であるが、セザンヌまたラファヱル前派を忠実に観察してゐなかつたとはどうしていふことができるだらう。ダリはセザンヌを『プラトニックな石工にすぎない』とみてゐるとか、私はダリをまた『プラトニックなシンコ細工屋』と評することができる、形態の変化は芸術家の自由ではあるが、その変化が絶対的観念に於て求められるといふことなどはない、現実の変形の可変性といふことを考へることが、芸術家の良心的態度の一種である。画家がどのやうに林檎の形態を、ひんまげる自由をもつて描かうと、林檎からは苦情は来ないのであるそのことを良いことにして林檎の真実を離れて形態だけを変へるといふ態度は、少くとも自然物に対する芸術家の愛の態度ではない。もし私が林檎と同じ立場にあつて、画家が私を不自然に描いたとしたら私は『私の気持をまるきり描いてくれない不満である!』といつて苦情をいふだけである。
日本の所謂新しい傾向を追跡してゐる画家が、判らないのは理解がないのだといつて、自分の芸術の主観性をどこまでも押し通すことは勝手である、人間の寿命などといふものは、たかだか五十年か六十年である。毎年、毎年、お祭騒ぎの判らない絵を描いて、その年々だけ、良いとか悪いとか言はれてゐる間にすぐ五十年や六十年は経つてしまふだらう。つまりどんなに大衆と離れて判らない絵を描いてゐても誰もなんとも言ひはしないのである。たゞこの人々の描いた絵が所謂芸術の永遠性をもつことができない。生きてゐる間だけ灯してゐる提灯のやうに、本人が倒れると火も消えてしまふやうな無駄な仕事をつづけることが意味がないといふことを私が忠告してゐるだけである。
『ヱコルド東京』の若いグループの中では、麻生君や、安孫子君は私の好きな画家であり、作品も個性的であるといふ意味で支持したいが、正直なところこの二人の画家にも来年の仕事は保証が出来ないのである。若い年代に良い絵を描くことは、生理的にも当然なことで、三十を過ぎて行き詰つてゐる画家を訪ねて二十代の絵を見せて貰つてみたまへ、かならず二十代にはいゝ絵を描いてゐるにきまつてゐる、それが奇妙に三十をすぎると言ひ合したやうに洋画でも、日本画でも行き詰る人が多い、人間の生活に時間が加はるとその人間の価値がだんだん下落してゆくといふことは、世間一般の生活人には案外に少ない位で、却つて芸術家の場合が多いのだ、年輩になると人間が出来てくるといふことは、世間一般に言はれてゐることで、感情的な仕事に携つてゐない通俗社会人でも、そのことがある。何かしら人柄の穏やかな、好ましい庶民的タイプといふものが、画家ではアンリー・ルッソーの描く人物のやうな人物がある、別に芸術をやるわけではないが人間そのものが芸術品のやうな人物がゐる、ところが年をとるとともにその作品に通俗性が加はつてくるといふことが芸術品に却つて多い、私はそのことが堪へられないことだと考へる。若い年代には何かしら新しさを求めるといふ欲望が動くそのことは賛成だが、描かれたものの真実性は即ち(新しさ)でそれ以外ではない。『真実を描く』といふ一本槍は何々主義などといふ絵画の主張を超えて、独自な新しさを表現することにならう。ヨーロッパ的なものに飛つくこともよいがその前に東洋的なものの過去の遺産の摂取に若い画家こそ大いに勉強していゝのではないかと思ふ。
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二科展所感
坂本繁二郎小論
○島崎鶏二[#「島崎鶏二」に傍点]氏――この人の作品に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]絵性があるとか、文学的であるとかいふ非難を折々耳にするが、その批評は当つてゐない、絵画に於ける文学性などといふ理論は成立しないのである、画家仲間でさういふだけである、その非難の後に密着するものは、曰く造型的な力量が欠けてゐると、――主題が一つの暗示性をともなふと往々文学的であると一口に非難してしまふが、この種の作品に対して
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