、絵を描く本能があゝしたテーマに動くとすれば低徊な趣味といふより他はない。

    第六室

 児島善太郎[#「児島善太郎」に傍点] 残念ながらブルジョア的要素を洗ひ切ることができてゐない。進歩性が少ないといふことは、絵を見るよりも、その絵を収めてゐるガクブチを見ればそれを雄弁に語つてゐる。
 熊谷登久平[#「熊谷登久平」に傍点] 「夕月」「五月幟」「朝顔」その出品画や画題を見ても判るとほりすこぶる日本的な作家である。会でこの作家に「海南賞」を出した気持が判らぬが、賞は秀作に出すものだから、きつと秀れた作品といふのだらう。

    第七室

 この第七室辺りから独立展も少し見応へのある作品がチラホラと列んでゐる。
 松島一郎[#「松島一郎」に傍点] 「靴屋」「豚屋」「港の人夫」「崖風景」この人には「崖風景」のやうな落着いた仕事をもつと拝見したい。靴屋人夫必ずしも風景より時代性に富むものとは考へられない。松島一郎の場合、テーマに特別の野心があるのが、却つてこの人の才能を殺し才能を半減してゐる。もつとスローモーションで結構だから、描く対象と取り組んだ仕事をしてほしい。

    第八室

 寺田政明[#「寺田政明」に傍点] 「長崎風景」「海辺静物」この人からは特殊な色感を発見する。それだけ人知れぬ苦心と勉強をしてゐるわけだ。展覧会芸術の色や線の強調一点張の世界の中では斯うした沈着いた仕事ぶりは、通り一ぺんの観客の眼には強く訴へないから損にはちがひないが、結局はこの人のやうに己れの風格で押して行つた方が勝ちを制するだらう。ただ目下のところ色の対置の美を少しねらひすぎてゐる感がある。「海辺風景」の方が良い。この絵からは見る者が一つの恍惚感を味ふことができる。線の発展と、構図と空間性の上では成功してゐる。「長崎風景」は「海辺風景」のやうな飛躍さがないが、ある沈潜した自然な美がある。
 福沢一郎[#「福沢一郎」に傍点] 「水泳家族」「水泳群線」極度に魁[#「魁」に「ママ」の注記]異さと、誇張さとを追求した二点である。技術の伏線的で的確な点では独立随一の技術家であらう。
 一枚の絵を描くにこの人位に計画性を完全な形で働かせ得る人はちよつとない。だからこの人は技術と主題と一致した場合恐ろしく良い絵ができなければならない人だ。だが、今度の水泳の二枚はこの人のこれまでの特長である思索的テーマを離れたものであるだけ成功とはいへない。『触手ある風景』は絵かきを驚ろかすことができるが文学者には首をひねらす絵である。

    第九室

 伊藤簾[#「伊藤簾」に傍点] 「雨霽」(熊野川)「静物」 この絵には良く人柄がでゝゐるし、すでに心境的作家に入つた絵である。心境的になるといふことが良いことであるか悪いことであるか性急に決めることができないが、若し心境的といふことが仕事の上の早老であるとすれば問題である。

    第十室

 須田金太郎[#「須田金太郎」に傍点] 「水浴」「少女」この人からは近代人の古典画作りといふ感がした。この感は遺作を列べてゐる三岸好太郎の諸作にも同様のことが言へる。三岸の場合は須田より年齢的に若いだけに一層その感が適用されるだらう。したがつて三岸の「人物」画よりも三岸らしい才能を発揮したものはシュルな貝殻や海へ傾けた近代人としての神経の細かなケイレンの感の美しさがある。
 須田の場合は同じ古典画作りとしても、須田式な現実感があり、能動的な虚無主義者として躍如としてゐる。須田の絵からは一つの寂漠感と現実の否定的とを引きだすことができる。須田の絵の批評の場合は、彼の抱いてゐる世界観で踏みこんでいかない限り批評することができない。須田に色調を斯う変へてくれとか、材料が今どき「水浴」でもあるまいなどと注文したところで注文する方が愚の骨頂であらう。彼の絵には現実の空間に対して特殊な認識がありそれが彼の絵をボッと霞んだ不透明なやうな透明なやうな絵を描かせてゐる。
 だから時には遠くの物を前景のものより明瞭に見るといふ場合が彼の場合多くある。そして視覚的意味に於ける前景無視の彼独特の処理の仕方に対して、私は一つの意見をもつてゐる。彼の激しい対象の追求の方法は私は好きだが本人が意図してゐるかどうか判らぬが意図の究極的なまとめ上げを客観的に観るときには、彼はそのまとめ上げを『光り』をもつて最後を制約してゐるといふことだけははつきりといふことができる。彼を虚無主義者とみ、しかもその能動性をみたのは、彼は如何なる肉体其他の描く物質をも、『光り』をもつて一度は破壊し尽し、再び『光り』として現実のものにまとめあげ形象化してゆくといふやり方である。試みに彼の「少女」を少し注意して見給へ。少女の肉体は全く光りをもつて形づくられてゐるから、――線画上の物質
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