つくりに描く生活に入るか、反対に現在の芸術的な小品『魚』の顔を大臣の顔やファシストの顔そつくりに描くようになるか。あるひは全く大臣の顔を描くなどゝいふことをやめてしまつて魚や風景に限つて突つくか、上野山はこの三つの内のどれを選むだらう。私が彼をハムレット的といつたのは、彼の芸術家としての良心性を発見してあるからで、時代的な動揺性を敏感な形で、彼は身につけている。きのふ海の中の人魚や、原始人の母と貝殻の上の子供やを描いた上野山が、今日ライオンに鹿を喰ひ殺さしてゐる、大臣閣下の肖像を描き、魚をならべて描いてゐるといふ、絵の主題の上にも時代的な動揺と矛盾とが現れてゐる。そのことは彼の芸術的良心がないといつてはいけない。そのことが芸術的良心であり、彼の人間的な良心である、ただ彼が描き残してゐるものは、労働者と工場だけである。労働者や工場を彼が描く程、彼の矛盾が拡大すれば、一層興味がふかい。だが残念ながら、彼の良心はそこまで良心的になることができない。彼の良心の限界が自から証明されて来る、その点がハムレット的理由である。
私は上野山の絵に多分にボオドレイル的なものを見る、『魚』の色感を一口に醜いと決めてはならない。一尾の魚の物質感を、あくまで色彩の諧調で表現していかうといふ色彩家らしい追求の仕方はかなり独自的なものがある。ゴッホの色の理解と全く相反したものが彼にある。夜さへ尚太陽的な昼のゴッホに対して、昼さへ尚月光的な夜や薄暮のやうに描くのは上野山である。彼の魚には光線の直接的な物体への吸収といふものはない。光の中心点といふものはない。だがそのかはりに月光的な、月の反射的な光りの特別な環境をつくりあげてゐる。
微細な神経のふるへ、往々人が見遁すところの、たゞ一色のものを、彼はその一色を上から或は下から一枚々々はぎとつて、その一色を百色にも千色にも段階的に表現しようと彼は努力する、
物体の外面的結合としての単色を彼は憎んでゐる。だから彼は色の単一化とたたかひ、複雑化さうとする、上野山の絵の色に人々は特別な不快感を味ふらしい。だがそのことだけで上野山の色は『醜い』と早計に決めてはならない、『美しい色とは何か?』といふ疑問はまだまだ画家や見るものに残されてゐて良いからである。
帝展系の色の美しさと、独立系の色の美しさとは益々今後対立的なものになつてゆくだらう、そのやうに上野山の美意識としての色彩の性質はかなり美の一般性からは孤立的なものではあるが、一つの特殊性をもつてゐるといふ事ができる。
旺玄社の作品は総じて審査の上に、個々の作家の個性尊重の立場にある。それは良いことである。
光風会はすこぶる大作主義でまた一面に労作主義であるがこの光風会の大作、労作は、案外稀薄なものがあり、手堅さの点では旺玄社の画家の方がずつと真剣さがある、ことに光風会の陳列方法ときては、三段掛けで余りに無神経さを暴露してゐる、配列のルーズさは街頭の掛軸売でももつと光風会の陳列よりは神経を使つてゐるだらう。発表の自由は結構であるがあれでは困りものといへるだらう。
旺玄社評では、上野山、岩井の二作家を二人の問題作家として採りあげたから、こゝでは余り顔ぶれを挙げない。
甲斐仁代――色感も美しいし線も婦人にしては奔放なものがある。然し扱ひ方は決して新しいとはいへない。直感するところは『女の辛さは男の甘さにさへ負ける――』といふ感想が湧いた、もつと判り易くいへば、女は相当手固い突込み方をしてゐても、矢張りどこか男の画家にひけ目なものがあるといふ感である。たゞ甲斐仁代の色感に就いての理解は良い。
橘作次郎――「化粧する女」「鮒」私は後者に好感をもつ。この鮒の調子で作風を統一し、これで押していけないものだらうか、この境地でも相当面白い独創的な仕事の分野が開かれると思ふ。
佐藤文雄――良い幻想性が流れてゐる。たゞ物の明るさと暗さとに就いて不明確な態度がある。作者は影を無視するといふ境地にまで辿りつく勇気をもつてゐない。従つてその影暗い筆触にうるささが眼につく。
加藤保――物の配置の面白さに時代的な感覚があり、いつそシュルリアリスト的方向に進むか新しいリアリズムを追求して行つた方が独創性がでさうに思ふ。
青柳喜兵衛、水彩の千木良富士、陳億旺、牧野醇、梅沢照司、尾崎三郎は色々の意味で批評したいが紙数が尽きたので次の機会にゆずる。
光風会――では前にも述べたやうに配列のゴチャ/\で批評の食指うごかず、脇田利作の「三人」は稚気愛すべき作風で観者に好感を与へるものがある、「三人」では立てる青年の服装の赤さの強調も辛うじて画面に調和してかなり色彩上の冒険をやつてゐるが、良く全体の調子を保ち得た。たゞ陰影の理解や描法が常識的なものがあり画面を硬直させてゐる。
須田剋太――「群物」「カ
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