もつてゐるのがあたりまいであるがそれがない。他の人々はあまりに伝統的であり伝統打破に臆病である。永井武夫の事物の把握の明確さ(正確さとは又別の意味である)は非凡なものがある、まとめ上げの美しさもあれほど出来る人は洋画家には少ない(日本画にはずいぶんゐる)作家は仕事を大切にしてほしい、そして主題も大いに野心的になれないものかしらと思ふ。僕が保証する大いに我儘な行き方で自由なテーマを選んでほしい。
網小島廉……白日賞に『座像』がある。これは会で奨励の意味での賞をこの人にやつたのであれば難がない、だが画そのものとして見る場合には、かなり問題がある。殊にこの座線の描法の誇張は正しい行き方ではない。与へられた画面を画家が使ふことは自由である。だが芸術をする余地といふものは、画面精一杯大きく描くといふことにはならない。馬鹿々々しく大きく女の手足や尻を描くといふことは、現実の誇張と、物の真実の追求とごつちやに考へた考へ方で『座像』はもう一息一廻り大きく描くと、滑稽感に落つこちてしまふだらう。芸術上の誇張あるひは異常なるものに就いては、私は意見を抱いてゐるがこれは次の機会に書かう。絵の線や形の外面的な拡がりや拡大はその描かれた線に極限されると同時に、観るものにその線の制約の中に内容的なもの実質的なものを見ようとする。つまり量は拡大されたが質がないといふことになる。それは画家が描くには熱心であつても、結局現実を逃避してゐるといふ結果に陥つてゐることになる。よく縁日で子供達が買つてゐるものに綿飴といふ白いボッと大きくふくれたのがあるが、あゝして質の充実しない外劃的な大きさのみがある作者にはもつと真面目な行き方を望む。
伊倉普……はスケールの大きさをとる。しかしスケールの大きさは物事を決してアイマイにするといふ意味であつてはいけない。全体の雰囲気の落漠さと作者の抱いてゐる宇宙観の大きさと一致した場合には、そのボッとした大きさのまゝで切実な高調された実感を与へる筈であるが、そこにはそれが欠けてゐる。それは作者伊倉の仕事の仕方が厳粛であるだけ残念なことである。
三宅策郎……『火にあたる男』は良い詩をもちながら、彼は描写上の常識性と戦から熱意が欠けてゐることは惜しい。この絵はとりも直さず、在来芸術の保守性への追従を語るものである。この作者はこの絵だけをみて決定的といふことを避けたいもつと実力発揮のできる作者である。
斎藤正夫……の静物からは芸術的感性の高さを感じた。この人は自己特有の絵全体に流れてゐる人間的なデリケートさを失はぬやうに次の仕事を進めてほしい。
荻原英一……『貝殻山の崖』は崖の断面の貝殻層を描いたものでテーマは珍らしく面白いが、題がついてゐるから貝殻と見えるものゝ題がなければ貝殻とは見ることが不可能である。花は紅、柳は緑といふ形容の中には、事実の一般性や、普遍性を説明したものがありこの常識的な真理は決して芸術家が馬鹿にしてはいけない。一見して貝殻を見せるといふ最も端初的な処から、更にさまざまな貝殻を描き出す目的が発生し仕事が続けられるまた逆にふかい描写の意図が、誰にも判る一般性へ落着いたとき、始めてその絵の深さや特殊性がかんじられる。牛と馬との区別をつけることを看却しては、永久にその絵から牛と馬との区別をひきだすことができないだらう。荻原の場合もつとリアルに(観る者に親切さを出して)描いてくれたら、もつと涯かに高度に、断層に幾世紀を経た貝殻の存在、曾つて海であつた処が山になつたといふ時間的な不思議な自然の摂理を語る絵ができたであらうと思ふ。近来我々素人がみて、形状の正体のまるつきりわからぬ絵が少くないので、遂こんなことを述べる気になつた。第一画家の中には、批評家や、画家仲間に見せるのを目的に制作してゐる人が少くないが、画家の数は多いといつても知れたものであるし、広く一般大衆へ見せるものであるといふ、絵画家の立場を取るべきで、この親切さは、平凡な絵を描くまいとする苦痛が伴つてほんとうに気持の良い努力ではないかと思ふ。
春台美術展
観に行つたとき暗くなりかけてゐたので落着いてみられなかつたので残念であつた。
武良俊明……『埋葬』は漁師達が死せる漁師を埋めようとする悲哀の情景を描いた大きな作であるがこゝに集まつてゐる漁師達の顔に興味をそゝられた、そして相当に漁師特有の表情を捉へ得てゐる。しかしそれは主として漁師の顔の骨格的なものゝ追求によつて必然的に作家が描き得た特有さであつて、一度これらの漁師的な顔が、一人の人間が死にこれを土に埋めるといふ最大の悲劇を前にして如何なる人間的感情をこの『埋葬』に描き得てゐるかといふことを吟味してみると、まだまだまだ作者の感情は甘い、甘い、といはざるを得ない。
柳瀬俊雄……『有段者』『黄
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