日になつたら纒めあげると――一日の生活から曳きだされた新しい制作的衝動を、その一日分さへまとめあげる力のないものがどうして二日、十日とこの心理的荷重をまとめあげることが出来るだらうか、私は疑をもつ。(この私の意見は画家に対して衝動主義の制作を慾求してゐるのではない、具体的には次の機会に述べる)私は画家の多作主義を主唱する発表方法では、小集団主義と、個展主義とに賛成したい。それはあくまで過渡的な方法であるが、然し我々画の観賞者はこれを期待してゐる、また画壇の実力時代の招来のためにもさうした方がよい。個展乱立では助かるまいといふ危惧をもつ人もあるだらうが、それは素通りでも列べられてあれば嫌な画でも見なければならない。個展であれば一度見てコリゴリすれば二度と見に行かない。然し優れた画家の個展を度々見せて貰ふといふことはこの上もなく嬉しい。そこには個展乱立の弊害は、案外解消されるのではあるまいか、妙な機関にしばられて這ひずり廻つてゐる団体、展覧会が何時までも存続するといふことは醜態の極みであるし、油絵の大衆化のためにも是非個展時代がきてほしい。

    白朝会を見る――佐竹徳次郎の絶品『鯉』

 十二月十八日迄日本橋高島屋で催した白朝会、あの位の人数であゝした催しは、非常にフレッシュに絵を見ることができる。
 金沢重治――「雪降り」「雪」は何れも失敗の作であつたが『滑川』は好感をもつことができた。ドラン張りの面と線の交錯が非常に効果をあげて観者を楽しませる。
 金井文彦――この人の作品の色彩上の稀薄性は『静物』などで特長がでゝゐる。然しその稀薄性の効果はあいまいなものである。もつと徹底できないものか。
 九村芳松――半身の方の『コドモ』が良い。子供の頭と腹部とのふくらみを生かして、着衣に包まれた胴体に柔らかみを与へてゐる、子供の肉体の特異性とその観察がゆき届いた作である。
 田辺至――技術家であつて技術をもちあつかひ兼ねてゐるといふ型である。わざと技術を拙劣に書いてかへつて効果がでるといふことは技術に恵まれすぎた画家の罰である。
 大久保作次郎――『蟹』下に敷いた笹とのつてゐる蟹との空間的説明がついてゐない『柘榴』やゝ見られる。
 安宅安五郎――『菊』は定着性ない現実感がかへつて人に迫るものがある、然しこの方向は危険だ。物体のもつ色と、油絵具のもつてゐる色との両者の制約を解決することができずに、二つの色の制約をそのまゝ絵に出してゐるといふ感ありで、この作家は少しあせつてゐる安宅式の鈍重感は捨てがたいものなのに己れの良さを彼は軽蔑してゐる。
 佐竹徳次郎――こゝに来て漸く救はれる感がする。画家達はもう一度佐竹の絵『鯉』(2)を何かの機会に見せて貰つたらよい、少しは教へられるところがあるだらう。真鯉と緋鯉とが二匹悠然と水を泳いでゐる。作家の直感力の的確さで彼は近来私の見た展覧会で最も感動的な作品を書いてくれた。誰もこの佐竹の鯉の傑出的良さに騒がなかつたとしたら、殊によつたら彼は私一人の批評のために描いてくれたのかも知れない。
 水の色の非凡さ、魚の物量感の出し方のすばらしさ、緋鯉の方の尾を全部描かないことが相並んだ二匹の鯉がたがひにしづかに水を推進してゐるやうな視覚的効果を挙げてゐてこの絵はいさゝかも観るものに不安定を与へない許りか、作者のもつ宇宙観の大きさをこの絵を通じて感じられて、この絵はおそらく一九三四年度の洋画壇唯一の収穫であらう。たゞ一語言ひたいことは、この絵そのものはいささかも難がないが、この作品がかなり偶然性があるといふことである。それは他に列べてある同一人の作との比較に依つてそれが判る。『静物』『風景』何れも感心しない。あまりに『鯉』と他の作品と出来の上でムラがあることが私を悲しませた。佐竹の『鯉』は彼の全技術全感能の集中的な努力と見て誤りがないだらう。
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洋画壇時評 三つの展覧会

    新進NOVA展

 ノバ展の一般的な世評を私は度々耳にしたが、大体この展覧会に就いては「余りパッとしない展覧会だ」といふ評判が多かつた。パッとしないとか、問題でないとかいふ、批評はノバ展の場合、他の展覧会の評と同一に考へられないもの、造型展あたりに比べても、成程この展覧会は子供つぽいところが多いし技術の叩きあげにも年季がかゝつてゐないし、作品も不揃であることは、認めないわけにはいかない。然しながら私は日本の最も「若い画家」(年齢といふ意味許りではない)の新進気鋭の意味の発表場所として是非この種の展覧会の一つ位あつても良いと考へてゐる。「発表機関」これは少いより多い方が良い。自由な発表といふことに何も遠慮をする必要がないだらう。要はその作品の質にあるし、この展覧会の方向にあり、作品発
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