堀端』には僕のもつとも好感のもつことの出来る大森風の色感を殆ど発見されないのは実に悲しい極みである。
 そこでこれらの芸術に似て非なる『風景』『お堀端』『市街』それからその作意には充分同情はもてるが『カネーション』他三点の草花も思ひきつて捨て以上の数点『原宿風景』をのぞく以外のものを氏の口から『あれはみな旧作を画室の埃の中から引張り出して送つて寄こしたのだよ』と言つて欲しいのである。
 一昨年の旭ビルで見た『南の街』は実に素晴らしかつた南国の狂へる外光が異常に相錯綜した線条にこんぜん多彩な万華鏡を現出し観る者をして音楽的恍惚境に遊歩せしめたものであつた。
 今度の『原宿風景』も傑出してゐる『南の街』に遜色はないしかし今度のは一歩退いてゐても一歩踏みだしてはゐないのが残念だ、それに形態『この場合単なる形』が『南の街』よりぐつと写実への復帰を見てゐる歪んだ屋根は正しくなつたしタッチも歩調を揃へてきてゐるがこの事はどうでも良いのだ、僕に言はせれば現在の三十一番『カネーション』などの大家らしい絵は虫が好かぬ、大森氏の若さの為めにまた若い仲間の一人の助言としてどんなに歩調がしどろでも屋根がひんまがつてゐてもお構ひなしに以前のやうな日射病とテンカン病で一生を終つて下さいと涯かな北国の君の恋人達を代表して僕が躍気でメガホンを鳴らすゆえん[#「ゆえん」に傍点]である。
 二十八番の『花』や『アネモネ』『カネーション』などに大分共鳴者があるやうだ『市街』なども同様嬉しがられてゐるらしいが真実に大森氏に友愛を感じてゐる者の言ふことではないこの誤れる讃辞こそ岐路に立つ大森氏の首くゝりの足を引張る者である、一昨年の『南の街』及び今度の『原宿風景』の自然に対する純情な感覚の躍如とした境地に精進してゐたなら必ずやモヌメンタールな仕事に到達完成されることを疑はないのである。
 大森氏の『南の街』の画風をして未来派だらうと評した男があるがそれは嘘だ、氏は真正真銘[#「真正真銘」に「ママ」の注記]の写実家である、歪んだものをさへ見れば未来派だ表現派だといふ愚な言である、氏の筆觴の生動しちよつと粗豪な行き方を見ての誤つた観察であり、近代精神文化の独立した一部門としての未来主義思想は別なものであることを知らないのだ。大森氏の芸術はかゝる「顔を歪めた芸術」とは別個な思慮深い写実主義に立脚してゐるものと断言できるのである。
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秋田義氏の芸術を評す
   旭ビル楼上合同五氏展を観る

 大森氏の作が憑かれた神聖な痙攣であるとすれば秋田氏の従来の態度はあまりに酔ふことを欲しない実に厄介千万な画家であつたのだ『秋田氏の絵は冷た過る』といふ一般の評はまんざらでもなかつたもつと神霊に憑かれた画風に接したい希望は僕一人ではなかつたらうと思ふ、酔ふこと位かんたんな事がない筈だ。最近ザラにある画家連は未完成な前にすつかり酔つてゐる輩が多く周期的な局部痲痺や色慾亢奮に画布は絶えず冷やされたり暖められたり多忙な中にひとり秋田氏がかうした躁狂団隊とは別個な道路をてくてくと歩いてゐた。
 樹木、空、花、屋《いへ》、崖、等々あらゆる取材はこの死者を取扱ふ医師のやうなあまりに切れすぎる執刀に泣いてゐたらう、だが最近の進展はどうか一番『南京風景』の豊な詩情に到達し十三番の『蘇洲風景』に進展し更に『南京奏准の妓館』の新しい計画『少女戯曲』の看過出来難い企てに遭遇して奇異の感にうたれるのである。
 これらの作風は冷たいものから実に抒情的感情への飛躍であり進撃であり自らに酔ふことを極端に嫌悪した従来の秋田氏としては破天荒な変りやうと言はれるだらう、氏の視覚の歓喜と波動せる心の影は自然に対して従来のメスの鋭さから現在同情にあふれた瞳に化してゐるのは僕の祝福にたへない傾向だ。ところが尚以上の数点の『変つた絵』を氏の最後を飾るものではないと断言できる。それは画家精進のたんなる序曲であるが終曲ではないからだ『南京奏准の妓館』や、『蘇洲風景』などはある意味の悪趣味に違ひないし『金瓶梅※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]画』あたりも骨休みである。矢張りこれらの先走りのものより何程秋田氏の過去の仕事から脱しきれないものであり稀薄な位置にあるものとしても『万里の長城』『西湖』の作風こそその底に永久動かすことのできないものが一派として残つてゐるのではないか。
 この浄化されこれら詩趣に立脚して次の仕事美学上の公理やまた方式などを全く忘れた秋田義を期待するそして『万里長城』などのともすれば黙殺され勝ちなものから現在プログラム外出品の『蘇洲城裏』『長江夕映』『長江遠望』などの仕事を産んだことは実に素晴らしいではないか。
 僕は秋田氏の作品
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