。そしてその佳作「猿」とか「鹿」とかを想ひ出してくる。それと同時にこの動物画の描き手にふさはしい、素朴な、朴訥な、田舎めいた、野趣に富んだ、動きのにぶい、社交下手な、土壌臭い、内省的な華楊といふ作家の人柄といふものを、あの作品の限りで想ひ出されて来るであらう。今挙げた性格の形容の中で、当つてゐるものもあればまた当つてゐないものもあらう。しかし「猿」「鹿」的華楊へ、一つの別な観察を加へてみたらどんなものであらう。いま挙げた性格の殆んど反対のものを考へるわけにはいかないであらうか、華楊といふ人物は、猿、鹿的な動物画家の自然味とは、およそ反対な、むしろ都会的な作家であるといつたらどうであらうか、華楊といふ作家の朴訥味には実は興味が少ないのである。むしろ私は才気煥発な華楊といふ作家の、その精神的動きの方に遙かに興味をもつてゐるのである。華楊は、猿や鹿を描いたことは確かである。
 しかし同時に「洋犬図」のやうな作品もあるといふことを忘れてはならない、彼がその犬の図に於いて、材料を秋田犬のやうな日本犬を選ばないで、グレイファンドのやうなハイカラな犬を描いたといふことも、なかなか興味があるのである。
 華楊の作とは、斯うした田舎臭いものと、都会臭いものとの他に、もう一つ問題にしていゝ立場のものがある。
 それは既に過去の仕事に属してゐるかしれない。しかしこの第三の種類のものによつて、華楊の第三の立場を知る必要があるから、それを見遁すわけにはいかない。それは「畑」のやうな種類のものであり、「葉桜」のやうな種類のものである。この種の作品は全く、「猿」や「鹿」とは違つた、画面に少しも空間を残しておくことを避けたところの徹底的な綿密描写である。華楊の精神の打ちこみ加減を知るには前述の「葉桜」や「畑」などは最も早わかりなのである。「鹿」や「猿」のやうな簡略描写の佳さとはちがつた迫力をこれらの作品に発見できる。この二作だけをとりあげても、華楊には過去に於いて充分に描きこんだ時代があつたといふことを観賞者は忘れてはならない。小品物に現はれた、或は動物画に現はれた華楊は、決して華楊の本質ではない。昭和三年の「猿」は評判作であつた。猿を描いて成功したものには、関雪とこの華楊のものがあるといはれたほどであつた。この猿の親子は如何にも野趣に富んだものであつて、すぐに尻に手をやつて掻いたり、叫び出したりする態の猿であつた。関雪の猿と較べると、全くちがふものがある。関雪の猿の顔はまるでインテリゲンチャのやうに聡明な顔をしてゐる、磨きのかゝつた顔をした猿が描かれてゐる。華楊の猿は決してさうした近代的聡明な猿ではなく、何かの拍子に奇声を発して、歯を剥きだすといつた行儀の悪い猿なのである。さうした野の猿や、可憐な鹿を描いたことに依つて彼は世間的には動物画家のレッテルが附けられてゐるのである。しかしこゝで華楊はその描くところの猿を、関雪風に、磨きのかゝつたインテリゲンチャのやうな猿を描くことができないかどうか、さうしたことの不可能なほどに、作者華楊自身が野趣的であるかどうか、前にも「洋犬画」の個所で述べてあるやうに、華楊は結構ハイカラな猿も描くことができるのである。では何故に彼はさうした風に描かないか、そのことは作者自身の考へ方であつて、第三者の我々の立ち入つてとやかくいふべきではない。ただこゝに「白雉図」があり、「素秋」があるといふことを発見して、華楊の人知れぬ勉強ぶりをこれらの作品から求めることができ、華楊再認識の手懸りともなるのである。「葉桜」や「畑」の徹底的写実の方法とは別に、そこには開拓された別な境地を「白雉図」や「素秋」から発見することができる。この作品は「白雉図」に於いては、平面的であるが、素秋に於いては、全く立体的、空間的なのである。其の点に於いて、華楊の人気は、その作品が凡庸のやうにみえて、ピリッとした何かゞあるといふ実力的なものの、連続的な人気なのである。中村大三郎氏は華楊を評して、この作家には二つの勝れた点があるといつてゐる。その第一は「描かれる動機が純粋であつて、自然に対する感激の素直な流露がある」といふことと第二の点として「他の一つは技巧のたくみさである」といつてゐるこの評は当つてゐると思はれる。殊に後の部分、「技巧のたくみさ」を中村大三郎氏が挙げたことは、さすがは専門家の見方なのである。世間では多くは華楊氏の第一の「純粋」「自然」「流露」さうした点を特長として、華楊の佳さを認める。しかし第二の技巧の点はとかく見遁がされ勝である。ことに華楊の場合の技巧は、所謂技巧としての露出がないために、一層そのことは、技巧の問題としての取り上げが困難なのである。「素秋」に於いて、その作品から不思議な感銘をうける。それはこの作家はどうしてこのやうに的確に空間を描き
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