てはいけないやうに思はれる。
もつと強烈な光瑤の理想的美の境地を、作品で顕現してほしいのである。
美しいものは何時もまつさきに感動した者が、まつさきに嫉妬するのである。光瑤はこゝで驚ろくべき美しさを表現して、多くの人々に最大の嫉妬をされなければならないであらうし、また人間の為し得る美しさの究極点を示し得る人は光瑤氏のやうな人ををいてあるまいと思ふ。また我々はさうした極点の美を示されることを待望してゐるのである。
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山口華楊論
この作家の人気は、或る特殊な雰囲気を、この作家がもつてゐるといふ理由に基づいてゐるやうだ。言はゞ、人気の二種類陽気な人気と、陰気な人気とがあるとすれば、山口華楊はその後者に属するといふことができよう。それが芸術の仕事であればこそこの陰気な人気などといふことも認容されるのであらう。それが映画女優などであれば、人気は陽気なものといふ一方的なものに止まるであらう。山口華楊にせよ、徳岡神泉にせよ、奥村土牛にせよ、金島桂華にせよ、この人々はみな陰気な人気をもつた人といふことができよう。これに対して陽気な人気をもつた作家といふのを選んでみれば、川端龍子を筆頭にあげることができ、次々と何人でもある。世評も何となく派手で解放性があるのである。しかし陰気な方の人気者たちは、何時の場合も、観賞者を全部的に納得させないでをいて、その人気をひきずつてゆくといふ力がある。だから何時まで経つても、なかなか人気を喪失しない作家といふものが居たとしたら、観賞家や、批評家はそのことに疑問をもち懐疑し、そしてその作家の本質を再吟味する必要があらう。
山口華楊はその人気の陰性であると共に、何時まで経つても人気を喪失しないといふ、その事実に対して、人々は山口華楊といふ作家の、再認識をするべきであらう。またその再認識に良き時期がきてゐるともいへるのである。これまで華楊はどういふ世間的扱ひをうけてきたであらうか、それに就いて、最も適当な華楊評の一断片があるので、それをとりあげてみよう。春虹会第四回展に華楊は「日向」と題して猫を描いて出品した。それに対しての某氏の批評に「流石此作は又一歩華楊らしいよさを進められてゐるのが目立つ(猫の形の強ひて言へば、稍やわざとらしい誇張が気になる様な気もするが、強ひて言はねば気の利いた掴み方であるとも見え)云々」と言つてゐる。このやうな華楊の作品批評は華楊に対する世間的見方の、最も露骨に出たものとして、特長的である。しかも特長的であると同時に、これ以上、通俗的な常識的な批評はこれまた珍らしい。しかしこの華楊批評には、一応の真実があるのである。一人の批評家が、一人の作家の作品の批評に、直面し立ち向つて、「強ひて言へば」とか「強ひて言はねば」とかいふ、前置つきで批評するといふことが、どういふことであらうか。批評をされる作家の側から言つても変な気がするであらう。何故なら、強ひて言へば作品が悪く、強ひて言はねば作品が気が利いてゐて良い――などといふ批評はどうしても奥歯に物の挾まつた、蛇の生殺しのやうな批評だからである。
そしてこの「強ひて言へば――」とか「強ひて言はねば――」とかいふ、批評の仕方は、華楊の「猫」の批評だけに止まらない。その方法を当てはめてみれば、すべての華楊の作品に当てはめられるやうである。然し、この「強ひて言ふ、言はぬ――」の批評方法を、他の作家にふり向けてみたとすれば、それでも通用をしないわけではない、しかしさういふ、批評をされた場合人に依つて憤慨する人もずいぶんあらうと思ふ。どうやらこの強ひて言ふ、言はぬの批評は、山口華楊にもつとも適当したもののやうに思はれるのである。某氏のこの評に真実があるといつたのは、さういふ意味なのである。この強ひて批評するといふ、批評家側から言つたところの御招待批評は、ひとつには華楊の人気の顕はれとみていゝ、是非、強ひて悪くも強ひて良くも言はして貰ひたいといふ、人気がこゝにあるとみていゝのである。この言ひ方は黙殺主義でも、また世間的なお座成り主義の批評とはまた違ふ、華楊の「一般的人気」は、強ひて言へば悪く言はれ、強ひて言はねば良く言はれるのである。私はこれに対して「一般的人気」といふところにカッコを附けたことに注意があつてほしい。華楊の一般的人気はこの強ひての両端をもつてゐる。しかし華楊の「本質的人気」は、実はこの二つの両端の間を埋めたところに存在するのである。通俗的人気は強ひての両端で結構なのである。しかし華楊自身の実力発揮の精神的仕事は、かゝる両端の通俗性を認めることはなくて、この両端を軽くあしらひながら、その本質的仕事を押しすゝめてゆくことであらう。
華楊といへば、一口に動物画家といふ観念がとびこんでくる
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