るだらう。
△中山巍氏――画面のポーズがもつてゐるセンチメントが色彩のリアリティを減殺してゐる(さて私が言ふ意味がこの作者に判るかどうか疑問である。)[#底本では「)」が欠如]『ギリシャの追想』この作の所謂追想なるものが、彼自身近代人としてか、或は古典人としてかその立場がさつぱり判らない。
△靉光氏――無説明的な説明を加へようとしても無駄だといふこと、物の『現象』とは何かといふ根拠から出発の仕直しをすべきだ(私はこの作者を真個《ほんと》うは好きなのだが、この作者の考へ方が甘く感じられてならない)。
△菊地精二氏――色々色彩の分布的な配列的な絵ではあるが案外色彩の段階といふものを知らない作家。
△森有材氏――『ゴール』色と陰との観念的な分解、運動してゐる人間が、いささか空間的に画面的な充実をしてゐる位がとり得『躍動』よろし、この絵はデティルを看過しなかつたことが、全体を躍動的にうごかし得たといふいゝ見本であらう。
△池田金之助氏――草の色彩青はよし、近代的な色彩としての理解がある、横はる裸婦に色の心理沈澱あり。
△妹尾正彦氏――精々お遊びなさいといひたい処である。
△多賀延夫氏――『鉄屑』苦心してゐて物質性がでゝゐない、物質の原素的なものの見極めを一応つけたら、現実的な色が抽象されてくるだらう、作者の態度は賛成だが。
△宮樫寅平氏――迫力をもつと生かせ、現在の色彩でそれで満足してゐる度胸があるかどうか。
△佐川敏子さん――『砂地』は明日のリアリストとしての出発を約束したいがどうか、然し現在は危かしいリアリストと私は診断したい。
△田中行一氏――グロンメール先生から離れたやうに見えるしかし事実は色彩の上でか、線の上でか、結果離れてはゐない『結髪』で自己のものを築きあげたらいゝと思ふ。
△寺田政明氏――今年は画面の整理で行つた『美しき季節』はよろし、デティルにかゝづりあつてゐたために、綜合的な力を欠いた憾みがある。もつと写実家としての方向転換を望む。
△森堯之氏――どうやらシュルリアリズムらしい絵を描く人に映像をもつと現実化したらよかつた、それは出来ない相談ではない。
△海老原喜之助氏――「市」色の単純化の方法の中に、この画家の心理的段階を容易に発見することができる、色に感覚がないのをリアリズムと履き違ひをしてゐるかのやうだ。
△川口軌外氏――色も形も汚ない、ボカシの方法
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