問がでたわけだらう、その造形的なものの臭味をこそ脱けたいばつかりに僕はこれまで絵の上では苦心してきたのである。
 そして私はこの質問者にぶつきら棒に答へた『もし造形性を無視して、僕のやうな絵が描けたらお目にかゝりたいですよ――』と実際に私は本職の洋画家の人よりも、最近では沢山画を書いてゐるのだし、素描もかなりたまつた。いつぺん吐き出してしまひたい心で個展をやつただけであつた。洋画家諸君にとつては私の絵は問題の提出的になつたやうだし、忠実に観てくれた。そして謙遜な画家は素直に、この絵の実感はどうして出したのかと質問してくれたので、私は出来るだけ判り易い言葉で、その実感の出し方についての過程を説明したりした、絵の上では私は、素人も玄人もないと考へる、日本の洋画の発展が遅々としてゐるのは、現在の社会的環境に依ること勿論だが、それよりも各個の画家が同一の作画上の問題を、同一に協力的に解決しようとしないところに、発展が遅れる理由があると思ふ、おたがひに話し合つて技術上の交換などをやつたらいゝのだが、その自由主義がない、ヱゴイズムが何か個性的な画風を確立するかのやうに思ひちがひをして排他的である、それではいけない、僕のやつた画家ではない画家(私は私自身を参考画家と呼んでゐる)何か私の描き方に画家諸君にとつて参考になるやうなところがあつたら自分の喜びだ、油絵は今年になつてから始めたといつていゝ、線の発展だけで狂ひ廻つてゐる洋画家達の群の中で、私は地味ではあるが『質感』の研究をやつてゐる形態上の変化などは今の処面白いことに考へたい、質感が充実した面を描けもしないで、線だけ踊らしても始まらないと思ふからである、デッサンは三百枚程この一年間に描いた、ペン画で小市民の生活をテーマにしたものである、機会をみてこの素描展をやりたいと思つてゐる、それからこゝで画観の谷氏へ注文があるのでそれは日本画家の素描は僕が好きなので、日本画家のデッサンも画観に折々載せて欲しいと思ひます。
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超現実派洋画に就て
   ヱコルド東京絵画展の感想


 東京府美術館で催された独立美術系の若い洋画家たちの、集団『ヱコルド東京展』をみて、私は兼ねてから抱いてゐた超現実派の洋画に関する私の考へ方を一層確信的なものにした、どういふ形で確信的なものにしたかといふと、我国
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