その理由の一つには、この作品には、『表現』の問題を解いてゐるからである、この作品に到つて、始めて風景の表現といふことがどんなものかといふことを、作者も知り、我々もまた見せつけられるのである。
川村曼舟氏の作画態度を、私は京都に行つたときの僅かな会見ですべてを知ることができたが、氏は作画対象としての風景といふものに対してかういふ態度をもつてゐる、氏の言つた意味をこゝで要約的に言へば、自分は風景といふものに対しては、それを特別にどう表現しようとか、どういふ風に捉へようとかする考へはもつてゐない、自分は単なる旅行者として、その瞬間的な自然の姿態の心に映つたまゝの一場面をさへ、完全に描き伝へることができたらそれで満足であるといふことを語つた。
氏の態度は自然を発見するために、歩るきまはるのではない、歩きまはることに依つて発見したものを、強く記録するのである。さういはれれば曼舟氏の作品に就いて一つの特徴を発見することがある、それは氏の作品を注意してみれば、構図的にも決して余韻をつくつてゐない、自然の一角を断裁してきたやうな厳格な緊張感で絵がまとまつてゐる、絹なり、紙なりの両端に描かれた松の枝がこゝで終つたら惜しいとか、こゝの山の形をこゝで切るのは構図的には惜しいとか、さうした神経は使はれてゐない、作者曼舟氏の印象は、惨酷なほど、冷酷なほどの厳格な態度で、在りのまゝの自然の一断片を示す、それ以外のつけたしの情緒や、余韻はこゝで作者の態度で切り落されてしまふのである、曼舟氏が自ら自分は風景の表現作家ではない、記録作家であるといふ態度もまたわかるのである。
曼舟氏にしてみれば、自然の正確な位置を伝へることが自分の仕事であつて、一枚の風景を描くとき、有りもしない情緒や余韻をつくつて、自然を歪曲する態度の風景画家の仕事とはおよそ反対の立場にあるのである。
また川村曼舟氏は、『表現』といふことに就いての別種な意見をもつてゐるのである、『比叡山三題』では単なる写意に立脚したものではなく、所謂『表現』的なものがあり、それがまたこの作品を評判の作品にさせたのであるが、しかし川村氏はおそらく現在では、この作品の表現のあり方といふものに不満を自分で抱いてゐると思はれる、なぜなら私は氏と面接したときの、氏の言葉に、『いつたい表現といふものは、さう手軽に現はれるものではないでせう――』といふ意
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