家庭にとつて『摺鉢』や『大根おろし』よりも不用な物。愚にもつかない信仰であるのだ。
私は不意に形容の出来ない笑ひがこみあげてきた、次に滑稽な不安が頭をもたげた。
凡太郎の次の言葉。突然凡太郎が『マルクス』などゝ叫びだしたなら、私達夫婦はどんなに吃驚するであらう。といふことであつた。
その時には、私は観念し、凡太郎を蜜柑箱に入て、河に流してやるばかりだ。
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泥鰌
(一)
夏に入つてから、私の暮しを、たいへん憂鬱なものにしたのは、南瓜《かぼちや》畑であつた。
その葉は重く、次第に押寄せ、拡げられて、遂に私の家の玄関口にまで肉迫してきた、さながら青い葉の氾濫のやうに。
春の頃、見掛は、よぼ/″\としてゐる老人夫婦が、ひとつ、ひとつ、南瓜の種を、飛歩きをしながら捨るやうにして播いてゐた。
数年前まで、塵《ごみ》捨場であつたその辺は、見渡すほど広い空地になつてゐて、その黒い腐つた、土塊は肥料いらずであつた。
セルロイドの玩具や、硫酸の入つてゐた大きな壺や、ゴム長靴や肺病患者の敷用ひてゐたであらうと思はれる、さうたいして
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