に、わしは答へることができなかつた、アハハと笑つただけであつた、ところでプーリは文字を解してゐるので、しかしすべての犬が文字を解してゐるとは信じられない、いやいや或は人間の知らない処で、すべての犬共が新聞を読み、時局を論じてゐるのではないだらうか――』
 そのとき新聞を畳み終つたプーリは、新聞をその場にをき、犬小屋に再びもぐりこむために立ちあがつた、博士はもうたまらなくなつて犬にむかつて質問を発しないわけにはいかなくなつた、博士の学者的良心が眼を覚ましたのだらう、
『すべての犬はなぜ新聞を読まないのか――』
 と叫んだ、プーリは穏やかな表情をして、じつと博士の覗き穴をみつめてゐたが、その顔は、曾つて博士がプーリの表情の種類を知つてゐる限りでは、全くたゞの一度も見かけなかつたところの尊厳で、厳粛にみちた顔であつた、そしてプーリは低い声で何事かを答へた。
 この聴きとりにくい声を聴かうとして博士は焦らだつた、
『先生――、犬はなぜ新聞を読みませんか――』
 と博士はプーリに向つて、再び質問を発した、途端に博士はすべての精神も肉体も財産も肉親もあらゆる所有を失つたやうな寂寥に襲はれて、『先生
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