道口の交番で、珍太は立番の警官に呼び止められた。彼はくどくどと自分の失業の境遇を述べた、警官はただ一語『下駄を履いて歩るけ―』と命令的にいつた。
 柔順に彼はまた懐中から片方の下駄を出して足の先に突かけて交番の前を通りすぎたが、どう考へても鼻緒の切れた下駄を履いてあるく気持になれなかつたので、また懐中にしまひこんで片足を跣足で歩るき出した、すると今度は左の下駄も鼻緒が切れたので、これも懐中にしまひ今は全くの跣足となつてしまつた。
 まもなく東京に入つて街の交番の前で彼は以前と同じやうに警官に呼び止められた。弁解も徒労であつた、彼はそのまゝ本署に連行され監房ホテルに泊らせられたのだ。もう彼是二十日間は泊つてゐるだらう、彼はどうしてホテルに自分が泊らせられてゐるか理由をみいだすのに困つたが、係官はその理由をはつきりと知つてゐた、即ち『下駄は携帯すべからず履いて歩るくべきものなり』といふことであつた。

  カーテン

 夜とは昼が汚れて真黒になつたものだ。泥棒の体を暗黒中に隠すに都合がいゝ。然しまた夜は彼等の敵が、眼の前に立つてゐるといふ危険がそれに伴ふ。掻攫ひ尾島伝吉は、夜は稼ぎにゆかな
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