。大踏切りにやつてきた、彼の前に広い街路が展かれた。
『御苦労さまでした―』彼は自分に向つて、他人に言はれるやうな言葉をつかつた。珍太にとつては自分も他人も区別が判らない程にいまは空腹と疲労で精神が混乱してゐた。線路脇や、線路の枕木の上を歩るいて、彼が此処までやつてくる途中で何回となく線路工夫に叱り飛ばされたことだらう。彼は馬鹿叮嚀に工夫に向つてお低頭《じぎ》をし、工夫の職業とその監督権に顔をたてゝやるために線路を離れて柔順に丘から降りた。工夫の姿が見えなくなると以前のやうに線路の上にのぼつて歩るいてきた。
珍太は引ずるやうに長着物を着て、チビた下駄を履いてゐた。それに彼にふさはしくないやうな綿入れの下着を着てゐた。この女物の綿入れは途中で畑の中に立つてゐた案山子《かかし》を物色して、案山子のなかで一番富裕らしく着込んだ奴から、綿入れを強奪して、それを着込んだのである。
手頃な木の枝を拾つてステッキ代りに、体を支へて歩るいた。極度の疲労で痩せた両足は痲痺状態になり前のめりに前進し、奇怪なことには、ステッキが足より先に疲れたやうに思へたので、珍太はステッキを手にもつ苦痛から、これを投
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