ることはできなかつたが、それでも陽気に馬賊の首は歌をうたひ続けてゐた
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味瓜畑
(一)
お寺の境内の踊り場で男はさんざんに踊つた、疲れてへと/\になるほどに、呼吸がぜいぜいと鳴りだすほどに手を振つたり足を振つたりした。
その夜は月夜であつたので、踊りの輪をとりまく見物人もなかなか踊り見物を止して帰らうとしなかつたので、踊り子たちも調子づいて安心をして踊つてゐた。
一本の枯れた松の木がぎら/″\白く光つて立つてゐて、その木にもたれかゝつた一人の若い娘さんの、夜眼にも白い細りとした首筋がことのほか踊つてゐる男の眼をひいた。
そこで男は手拭ひをかむつた自分の顔をなんべんも傾けてその娘さんの顔をのぞきこんで見たのであつたがどんな瞳をしてゐるか松の木の枝が邪魔になつて判らなかつた、しかし娘さんは顔色の白い乳のふくれた女であることだけが男にはつきり判つた。
男は待遠しい思ひで踊りの輪をだんだんとこの娘さんの立つてゐた松の木にちかづけて、娘さんの前を通すぎるとき、松の木にそつと三角形に指を揃へた娘さんの細い掌のどこかに自分の指をふれてみた。
なんべんとなくそんなことをやつてゐるうちに、とうとうその娘さんの注意を男はひくことが出来たし、その上この娘さんがけつして松の木に住んでゐる毛虫と同じやうに男を怖ろしがつてゐないこと、かへつて自分の手をふれることを嬉しく思つてそつと掌を動かしたことなどを知つたので男は非常に面白がつた。
娘さんは赤い前垂をしめてゐて十七歳ぐらいであつた、そして羽織の上からその前垂の紐を強くしつかりと締てゐるといふことが、いかにも厳格な家庭に育つた一人娘で、こんな淫らな盆踊りなどを見物にこられないのを、勝手仕事のひまを盗んで駈けてきたといふ、しんなりと曲がつた風情をして樹にもたれてゐた。
ことに男にとつて嬉しかつたのは娘さんの着物がすべすべとした絹物であつたことゝ、まだ肩揚げが羽織についてゐたといふことであつた。
(二)
男は娘さんの肩揚げを発見すると急になんといふこともなく元気づいて、それから二度踊つてから思ひきつて娘さんの肩のところに強く自分の肩をうちつけてみた。
娘さんはきらりと夜《よ》の中の犬のやうに白眼を光らしたきりで、たいして男を怖ろしがる風も見えなかつたので
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