判つた。
勿論親たちが彼女の裸になつてゐることは知らなかつた。
研究生がさつぱりあつまらず、それになにかにと経費を意外につかつてゐたので僅か三十円の金であつたがとうとう彼女へは支払へなかつた。
蘭沢を始め人々は、彼女の裸を散々絵筆で突つき廻した揚句金を払はないなどゝいふ行為をこの上もなく罪悪と感じた。
――神よ我々を罰し地獄におとし給へ。
仲間はかく内心にさけび、そして悲壮な顔をした。
しかし私と秋辺とは彼女の羞恥心をうばつたことを、彼女への大きな報酬と信じてゐた。
そして私は、そのお麗さんを描いたもの、その一枚の裸婦の画題を『未来派万歳』と命名したのであつた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
憂鬱な家
この一篇をマルキストに捧ぐ
(一)
屋根の上の物音、禿鷹のやうに横着で、陰気な眼をした、あんまり飛び廻つて羽の擦りきれた鴉の群であつた。
こ奴等は、私の家の上で絶えず仲間同志争つた。
私はジット室の中に閉ぢこもつて、この屋根の上を駈け廻る物音を聞いた。不吉な鳥達が、黒いあしうらで跳ね廻つてゐることを知ると、私はたいへん不快な気持にとらはれた。
そして今度は戸口の物音である。
近所に住んでゐるらしい病気の犬こ奴の姿も私には気に喰はない。
何時も腰を、ズルズル曳きづつて歩く、ちよつと見ては、坐つてゐるのか、立つてゐるのか判らない犬であつた、
この犬が戸口に体を一生懸命にこすりつけて、枯れ草のやうな音をたてるのであつた。
逃げてゆくその斑犬《まだらいぬ》の後姿を見ると、まるで赤ん坊のやうにすつかり毛がぬけてしまつてゐる。
頸や肢は哀れに痩てゐるが、腹だけは何つも大きく瓶のやうにふくらんでゐた。
私の郊外の家を、訪れる物音といつたら、まづこの不吉な鴉と、毛のぬけた犬位なものであつた。
海のやうに展けた雪原には何日も何日も吹雪が続いた、殊にこの吹雪のやんだ翌日の静けさは、実に惨忍に静まり返つた。
私の会社に出勤した後の、このぽつちりと雪の中に建つた私の家の中には、どんなに妻は退屈に留守をしてゐるか。
彼女は、室中に縦横に麻繩を張り廻し、凡太郎のむつき[#「むつき」に傍点]を掛け、どんどんと石炭をストーブにくべて、この黒、白、黄、の斑点のあるしめつた旗を乾かしたり、室中をぐるりぐるり子供を背負つて
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