」となぐさめました。
こゝに大変な事が持ち上りました。
(六)
お城の堀の中に這入つたお嫁さんの自画像を兵士が拾ひましてこれを王様に差上げました。
王様はこの画を一眼御覧になつてあまりの美しさにお驚きになりました。わがまゝな王様はまだお妃がなかつたのですから、この画の女を国中を探して是非連れて参れと、一同の兵士に厳重に申しました。城中の兵士が総出で探したあげくこの画の女がトムさんのお嫁さんだとわかりました、王様はそこでトムさんに向つて、「余の妃に差出すやうに」と命令いたしました。そして万一命令をきかなければトムさんの首を切りかねない権幕なのでトムさんは青くなつて泣きだしました。
トムさんは三日三晩といふものはおーん、おーんと泣きつゞけました。(欠1行)つたといふ話です。お嫁さんはこれを見て、
「さあ泣いてはいけません、私達に運が向いてゐるのです。私は之から王様の妃になります。然し心配してはいけません。私はあなたの永久のお嫁さんです。私が王様の御殿へいつてから近いうちにお城の大門が開れる日が御座います。その時に見物人の中にまぢつて、一番目立つた汚ないぼろぼろ服をきて一番先頭に立つて門の開かれるを待つてゐて下さい」
とかういつてトムさんのお嫁さんは今日王様の家来に連れられていつてしまひました。
昔からこの国では三年に一日だけ城門を全部押し開いて臣民に城の内部をみせることになつて居るのです。いつもその当日には遠い所からまで臣民がやつて来て、街中はお祭のやうな賑はひとなるのです。その日は王様を始め千といふ家来達がふさふさの赤い帽子を冠つたり、金の鎧を着たり色々盛装して門の中の床に腰を掛けるのです。臣民たちは門の中に入ることは出来ないので門のわきの処で立ちよつて中を見ることが出来るのでした。そして午後の六時になると重い鉄の扉がガラガラと閉ぢてしまふのでした。
ところが果してトムさんのお嫁さんがお城にいつてから何月何日に城門ひらきだといふおフレが伝へられました。
愈々当日になりますと、トムさんは乞食より尚汚いボロ/\の服をきて、顔には泥を塗り、杖をつき腰をかゞめてお嫁さんに言はれた通り見物人の一番前に出しやばつてお城の門のひらかれるのを待つてをりました。
やがて時間がきて城門は大きな響きを立てゝガラ/\と開かれました。みると王様は今日を晴といふりつぱな金の冠にピカピカの着物をきて、ゆつたりと腰を掛けてゐます。そしてその傍にはトムさんの夢にも忘れることの出来ない可愛いゝトムさんのお嫁さんが、今ではもう王様のお妃となつて、全部白鳥の羽で出来た真白いキラ/\の上衣をきて座つてゐるではありませんか。トムさんは王様が憎らしくて、また一方では悲しいやら情ないやら嬉しいやらで涙を一杯ためてじつとお嫁さんをみつめてをりました。するとお嫁さんもトムさんの顔をみてにつこりと美しく笑ひました。
王様はびつくりするほど喜びました。それはこのお妃が御殿にきてから一ぺんも笑つたことがないからでした。
「これ妃そなたは笑つたではないか、何を見て笑つた、さあ今一度笑つてみせてくれ」と妃に向つていひました。
するとお嫁さんはトムさんを指して「王様あれを御覧下さい、あすこに大変滑稽な姿をした乞食が居るではありませんか、私はあの男を見て笑つたのです……もし王様があの男の着物をきてあの男の代りにあそこに立つたらさぞおかしい事で御座いませう」と申しあげました。
王様は今一度妃の笑顔をみたいものですから、トムさんを御前に呼び出して王様のりつぱな着物をきせてお嫁さんの傍へ座らせ、ご自分はトムさんの着てゐたボロの服を(六字欠)城門の外の見物の中にお立ちになりました。
しかし、いつまで立つてもお嫁さんはニッコリとも笑ひませんでした。王様は今か今かとお嫁さんの笑ふのを待つてをりました。しかし、お嫁さんは笑ひません。
その内に午後六時になりましたので城門はガラ/\と閉ぢてしまひました。
此処で王様はまんまと城外に追出されてトムさんは王様と早変りしてしまひました。城の兵士達も王様のわがまゝを憎んでをりましたから誰もみなかへつて喜びました。
不思議なお嫁さんは実は白鳥のお姫さんでした。トムさんは何だか背中がくすぐつたいやうな、着なれない王様の衣裳を着て、自分の思つてゐた通りのお金蔵のお金を全部街の人々に分けてやつてしまひました。そして白鳥のお嫁さんと仲善く王宮に暮しました。何でも王様のトムさんは街の人々全部を御殿に招待して一人宛に握手をし頬ぺたをなめたといふ話です。(大正12年1月23日〜旭川新聞)
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焼かれた魚《さかな》
白い皿の上にのつた焼かれた秋刀魚《さんま》は、たまらなく海が恋しくなりました。
あのひろびろと拡がつた水面に、たくさんの同類たちと、さまざまの愉快なあそびをしたことを思ひ出しました、いつか水底の海草のしげみに発見《みつけ》てをいた、それはきれいな紅色の珊瑚は、あの頃は小さかつたけれども、いまではかなり伸びてゐるだらう、それとも誰か他の魚に発見《みつ》けられてしまつたかもしれない、などと焼かれた秋刀魚は、なつかしい海の生活を思ひ出して、皿の上でさめざめと泣いて居りました。
ことに秋刀魚にとつて忘れることの出来ないのは、なつかしい両親と仲の善かつた兄妹達のことでした、秋刀魚が水から漁師に釣りあげられて、その時一緒に釣られた秋刀魚達と石油箱にぎつしりとつめられたまゝ、長い長い汽車の旅行をやりました、そしてやつとの思ひでうすぐらい箱の中から、あかるい都会の魚屋の店先にならばされました。
そこには海の生活と同じやうに、同じ仲間の秋刀魚や鯛や鰈《かれい》や鰊《にしん》や蛸《たこ》や、其他海でついぞ見かけたことのないやうな、珍らしい魚たちまで賑やかにならべられてゐましたので、この秋刀魚は少しも寂しいことはなかつたのでしたが、魚達は泳ぎ廻ることも、話しあふことも出来ず、みな白らちやけた瞳をして、人形のやうに、病気のやうに、じつと身動きの出来ない退屈な悲しい境遇にゐなければなりませんでした。
それから幾日か経つて、この家《や》の奧さまに秋刀魚は買はれました、そしていま焼かれました。やがて会社から旦那さまが帰つて来るでせう、さうしたなら食べられてしまはなければなりません。
焼かれた魚は、
『ああ、海が恋しくなつた、青い水が見たくなつた、白い帆前船《ほまへせん》をながめたい。』
ときちがひのやうになつて皿の上で動かうとしましたが、体のまんなかに細い鉄の串がさしてありましたし、それに、焼かれた体が、妙に軽るくなつてゐて、なにほど尾鰭《おひれ》を動かさうとしても、すこしも動きませんでした。
それで魚は皿の上であばれることを断念してしまひました。しかしどうかしていま一度あの広々とした海に行つて、なつかしい親兄妹に逢ひたいといふ気持でいつぱいでした。
『ミケちやんよ、なにをさうわたしの顔ばかり、じろじろながめてゐるの、海を恋しいわたしの心をすこしは察して下さいよ』
と魚は、この家《や》の飼猫のミケちやんにむかつて、言ひました。
それは猫がさき程から、横眼でしきりに、焼かれた秋刀魚をながめてばかりゐましたからです。
飼猫のミケちやんは、
『実はあまり、秋刀魚さんが美味《おい》しさうなものだからですよ。』
と猫はごろごろ咽喉《のど》を鳴らしながら、秋刀魚の傍に歩るいて来て、しきりに鼻をぴく/\させました。
魚はいろいろ身上話をして、自分を海まで連れていつて貰ふわけにはいくまいかと、飼猫にむかつて相談をいたしました、猫はしばらく考へてゐましたが
『それぢや、私が海まで連れていつてあげませう、そのかはり何かお礼をいたゞかなければね。』
と言ひました、そこで秋刀魚は、報酬として猫に一番美味しい頬の肉をやることを約束して、海まで連れていつて貰ふことにしました。
焼かれた魚は、海へ帰れると思ふと、涙のでるほど嬉しく思ひました。
そこで猫は焼いた魚を口に啣《くは》へて、奥様や女中さんの知らないまに、そつと裏口から脱けだしました、そしてどんどんと駈け出しました、ちやうど街|端《はづ》れの橋の上まできましたときに猫は魚にむかつて
『秋刀魚さん、腹が減つてとても我慢ができない、これぢやああの遠い海まで行けさうもない。』
と弱音を吐きだしました。魚は海へ行けなければ大変と思ひましたので
『それでは、約束のわたしの頬の肉をおあがりよ、そして元気をつけてください』
と言ひました。
猫は魚の頬の肉を喰べて了ふと、どん/\後もみずに逃げてしまひました。
魚はたいへん橋の上で悲しみました、そして誰か親切なものが通つたなら、海まで連れて行つて貰はうと思ひましたが、さびしい街|端《はづ》れの橋の上はなかなか通りませんでした、そしてその日は暮れてしまひました。
翌朝《あくるあさ》幸ひ早起きの若い溝鼠《どぶねずみ》が通りましたので、魚はこのことを頼んで見ました。
溝鼠は
『それはわけのない話だ、しかし道程《みちのり》もかなりあるし、私もまだ朝飯前だから』
と言ひましたので、魚は自分の片側の肉を喰べさして、そのかはりに海まで運んで貰ふ約束をいたしました。
溝鼠は魚の片側の肉を喰べてしまひました、それから魚の胴に長い尻尾を巻いて引きだしました、その日の夕方にひろい野原につきましたが、溝鼠は
『とても私の力では、あなたを海まで運べさうもありませんから。』
と言つて、魚を野原に捨てて、どんどん逃げて行つてしまひました。
魚はたいへん悲しみました。
その翌朝《よくあさ》、いつぴきの痩せこけた野良犬が野原を通りましたので、魚は海まで運んでくださいと頼みました。
野良犬は意地悪るさうに、じろりと魚をながめながら
『ふつかも喰べ物をたべない野良犬さまが、から身で歩るいても、ひよろひよろするのに、お前さんなどを遠い海までなど運べるものか、しかし相談によつては、運んでやつてもよいさ』
と言ひました、魚はそれで溝鼠に喰べられて残つた片側の肉を、この野良犬にやつて、海まで運んで貰ふことにしました。
野良犬は、秋刀魚の片側の肉を美味しさうに喰べ終へると、魚の頭のところを啣《くは》へて、どんどん海の方角へ馳け出しました。
野良犬は足も細くて馳けることが、なかなか上手でしたから、路は思つたよりもはかどりました、しかし野良犬は、こんもりと茂つた杉の森まできたときに、魚を放りだして逃げてしまひました。
秋刀魚はたいへん悲しみました。それに魚の頬の肉は猫にやり、両側の肉は溝鼠と野良犬にやつてしまつたので、肉がきれいに喰べられて魚の骸骨になつてゐましたので、こんどは何が通つても、お礼として肉を喰べさして海まで運んで貰ふことが出来なくなりました。その日は森のなかにねむりました、夜なかに雨が降つてまゐりました、骨ばかりになつた秋刀魚はしみじみとその冷たさが身にしみました。
その翌日一羽の烏が通りましたので、魚は呼び止めました。
『烏さん、お願ひですからわたしを海まで連れて行つてくれませんか。』
と頼みましたが、烏はあまりよい返事をいたしませんでした。
それで魚は背筋のところに、すこし許り残つた肉をあげますからと言ひました。
『そればかりの肉ぢや駄目だよ』
と烏は言ひましたので、
『わたしのだいじな眼玉をあげませう、もうこれだけより残つてゐないのですもの』
と魚が悲しさうに言ひました、それで烏は魚の眼玉を嘴《くちばし》で突いてふたつ取りだしました。しかし魚の眼玉は、からからに乾からびてとても喰べられませんでしたが、烏は首飾りにでもしようと考へましたから、これを貰つてぽけつとにしまひこみました、それから背筋の肉やら、体ぢゆうの肉と云ふ肉を探して、きれいに喰べてしまひました。
けれども皆が喰べた後ですから、烏にはいくらも肉のお礼をやることができませんでした。
烏は魚の骨をたくましい手で掴んで、どんどんと海にむかつて空を飛びまし
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