方の一匹の蟻の兵隊さんにむかつて、自分の身の上を話して海まで連れて行つて欲しいと頼んでみました。蟻の兵隊さんはこのことを王様に申し上げました、蟻の王様はたいへん秋刀魚の身の上に同情をしてくださいました。そして早速承知をして、家来の蟻に海まで運ぶやうに下知《げち》をいたしました。
 蟻は工兵やら、砲兵やら、輜重兵《しちやうへい》やら、何千となくやつてきて魚を運びだしました、烏や野良犬や溝鼠のやうに運ぶのに早くはありませんが、それでも親切で熱心に運んでくれましたから、幾日かのち、丘続きの崖のところまで運んでくれました。
 この崖の下はすぐまつ青な海になつてゐました、魚は海に帰れると思ふと嬉しさで涙がとめどなく流れました、親切な蟻の兵隊さんになんべんも厚くお礼を言つて、魚は崖の上から海に落ちました。
 魚はきちがひのやうに水のなかを泳ぎ廻りました。前はこんなことがなかつたのですが、ともすれば体が重たく水底に沈んでゆきさうになりますので、慌ててさかんに泳ぎ廻りました、それに水が冷めたく痛いほどで動くたびに水の塩が、ぴりぴりと激しく体にしみて苦しみました。
 その上すこしも眼が見えませんので、ど
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