秋刀魚をながめてばかりゐましたからです。
飼猫のミケちやんは、
『実はあまり、秋刀魚さんが美味《おい》しさうなものだからですよ。』
と猫はごろごろ咽喉《のど》を鳴らしながら、秋刀魚の傍に歩るいて来て、しきりに鼻をぴく/\させました。
魚はいろいろ身上話をして、自分を海まで連れていつて貰ふわけにはいくまいかと、飼猫にむかつて相談をいたしました、猫はしばらく考へてゐましたが
『それぢや、私が海まで連れていつてあげませう、そのかはり何かお礼をいたゞかなければね。』
と言ひました、そこで秋刀魚は、報酬として猫に一番美味しい頬の肉をやることを約束して、海まで連れていつて貰ふことにしました。
焼かれた魚は、海へ帰れると思ふと、涙のでるほど嬉しく思ひました。
そこで猫は焼いた魚を口に啣《くは》へて、奥様や女中さんの知らないまに、そつと裏口から脱けだしました、そしてどんどんと駈け出しました、ちやうど街|端《はづ》れの橋の上まできましたときに猫は魚にむかつて
『秋刀魚さん、腹が減つてとても我慢ができない、これぢやああの遠い海まで行けさうもない。』
と弱音を吐きだしました。魚は海へ行けなけれ
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