の「。」を削除]寝藁《ねわら》を蹴飛ばし、水桶をひつくり返して、小屋中水だらけにして広い除虫菊畑にとびだしました。
その日は、お天気がよかつたので、豚は小屋の中に、居るのが嫌だつたのでせう。
豚は男の大事に手入れをしてゐた、除虫菊畑を歩るきまはつて、花をすつかり踏みにじつたので、男は腹をたてました。
『なんといふ不心得者だらう、勘弁はならない。支那人の料理人《コック》の言つたやうにして、懲《こ》らしてやらなければ。』
豚飼の男のお友達に、支那人の料理人《コック》がをりました。そしてこの料理人《コック》の話では、豚のお尻の肉を、庖丁で削りとつて、その切りとつた痕に、土を塗つてをけば、翌日ちやんと、もとどほり肉があがつてゐるといふことでした。
そこで男は、豚を木柵《もくさく》にしつかりとしばりつけてをいて、肉切庖丁を、一生懸命に磨ぎ始めました。
あまり腹を立てたので、手元がふるへて、庖丁を磨いでゐる最中、小指をちよつとばかり切りました。
『豚奴が、刃物とまで共謀《ぐる》になつて、わしを苦しめようとしてゐるのだらう』
と、そこでますます腹をたてました。
やがて庖丁がギラ/\と研ぎ上ると、種豚を押へつけ、お尻の肥えたところを、掌《てのひら》ほどの大きさだけ、庖丁できりとつて、そのあとに土を塗つてをきました。
その夜は、豚のお尻から削りとつた肉を、鍋で煮て、お酒をのんで、おいしい、おいしいといつて男は眠りました。
翌る日のことです。豚のお尻の創《きず》あとは、ちやんと治つてをりました、以前にもまして脂肪《あぶら》がキラキラと光つてをりました。
『ほう、これは不思議、なかなか便利ぢやわい。』
男は喜んでその日は、前日左の尻の肉を切りとつたので、こんどは右の尻を掌ほどの肉を切りとりました。
その翌日、大変な事が起りました。
何時ものやうに、種豚のお尻の肉を削りとらうとして、尻に庖丁を切りつけました。そのとき、何処からともなく、物の焦《こ》げつく匂ひがしてまゐりました。
つづいて、パチンパチン、と何やら金物の割れる音がしました。
男は鼻を、ピク、ピク、させました。
『これは失敗《しまつ》た、フライパンを、火にかけたまま来てしまつたぞ。』
お台所に、駈けつけてみると果たして肉鍋は、火の上で割れてゐました。今度は豚小屋に引返してみると、豚はお尻に庖丁をさし
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