、昨夜《ゆうべ》の悪魔が、爪から入らうとして、トロちやんにチョキンと爪を切られて、逃げだした話をいひました。
お母さんや、お兄さんや、お姉さんは、トロちやんの大まじめの顔での、お話をきいてみな大笑ひをして、トロちやんの勇気をほめてくれました。
『お母さんは、トロちやんの小指の爪を切るのを、忘れたかしら』
かうお母さんが言つて調べてくれました。小指の爪だけ忘れてありました。
お母さんは、そこで爪切鋏で切つてくださいました。そして前日の約束通り夜遅くまでかかり、ちやんと仕立ててあつたトロちやんと、小猫のミケの小さな花模様美しいお座布団を、御褒美にくれました。
トロちやんと、ミケとはそれにならんで座りました。ミケも嬉しさうに、座布団の上に、立ちあがつて、両手両足をながながと伸ばし、トロちやんの顔を見ながら、背伸びをいたしました。
トロちやんは、これを見て驚ろいて、
『ミケ爪を出したら悪魔が入るのよ。』
と叱りつけました。
ミケも驚ろいて、ニャーンと鳴いてくるりと小さく座つて、爪をみんな隠してしまひましたとさ。(昭3・11愛国婦人)
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豚と青大将
田舎で豚飼をしてゐた男が、その豚飼に失敗して、何か仕事を見つけようと、都会にやつて参りました。
この男は正直者でした。ただお酒を飲むとおしやべりになるといふ癖がありました。
ところがお酒を飲まない平素《ふだん》は、たいへん話下手で、それに吃りました。
お酒は、この男にとつて、油のきれた歯車に、油をそゝいだやうなものでした。
都会にやつてきても、この男はお酒をたくさんにのみました。
上機嫌になつて、酒場《バー》の中で、おしやべりを始めだしますと、同じ酒場《バー》のお客さんたちは、
『そろそろ、吃りの男に、油が乗つてきたぞ。』
と、ぽつぽつと、一人去り、二人去つて、しまひには、お客は、豚飼の男たつた一人になつてしまふのでした。
まつたく、その男の話といふのは、馬鹿々々しい、それは、それは退屈な話でありました。
お客さんたちが、腹をたてるのも、無理がありません。或る日もこの男は自分が豚を飼つて失敗をした話を始めました。
最初の間は、お客さんも、親切に、そして熱心に、この男のくどくどと長つたらしい、話をきいてくれました。しまひには、腹を立てました。酒場《バー》の亭主や、酒場《
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