、手品師で飯を喰つてまゐりました。
――それでは七面鳥に化てごらん。
――へい、そんな事は容易《たやす》いことで。
――手品師、蟇に化けてごらん。
――へい、そんなことは、尚更楽なことで。
――それでは、烏になつてごらん。
――へい、なほ楽なことですよ。
手品師は、手品の種を無くして、途方にくれながらも、かう言ひながらしきりに思案をいたしました。
――手品師、お前は手品の種を、なくしたんだらう。
かう見物人の一人が言ひましたので手品師は
――いかにも、みなさん、わたしは手品の種を失ひましたが、種なしでも上手にやつてのけませう。
と言ひました。
青い街の人々は、一度に声を合せて笑ひました。
手品師は、そこでその橋の欄干の上に、立ちあがつて、水もなんにもない石畳の河底につくまでに、黒い大きな蝶々となつて舞ひあがり、もとの橋に戻つて見せようと、見物人に言ひ、そして橋の上から、ひらりと、眼もくらむやうな深さになる河底めがけてとびをりましたが、手品師は黒い蝶々にもなれずに、一直線に河底に墜ちてゆきました。
*
――やあ、手品師が死んでる。
青草の上に、冷めたくなつた手品師をとり囲んで、河岸で子供達がわいわい騒ぎました。
手品師は、眠つたやうな穏やかな顔をして死んでゐました、手品の種のはひつた袋を枕にして、その袋からは、綿細工の鬚の長い人形が、お道化《どけ》た顔をはみだして、子供たちの顔を見てゐるやうでした。(大15・12愛国婦人)
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或る夫婦牛《めをとうし》の話
……私の書斎に、遠くの村祭の、陽気な太鼓の音がきこえてきましたが、昨日からばつたりと、その音が鳴り止《や》んでしまひました。
……この破れた太鼓のお話をしようと思ひます。
*
――爺さんや、わしは今夜はたいへん胸騒ぎがしてならないよ。急にお前さんと、引き離されてしまふやうな、気がしてならないな。
――ああ、婆《ばあ》さんや、わしも胸が、どきん、どきんするよ、きつと明日《あした》は、何か悪るい出来事があるに違ひないな。
爺さん牛と、婆さん牛とは、小さな牛小舎の中に、こんなことを、しやべりあつてゐました、はては気の弱い婆さん牛は、声をあげて泣きだしました。
爺さん牛も、婆さん牛が、泣くので、つい悲しくなつて、大きな声でいつしよに
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